第3話 誰を選びますか?

「おい、来たぞ」

「迎えに行かなきゃ!」「迎えに行かねば」

「双子はいっつも元気だよね」

「はぁ……、憂鬱です」


 ため息をついた青年へ、皆の視線が集まる。


「どうして? 僕からすれば、彼女の初めてを奪える君がとても羨ましいのに」

「あなたは何でいつもそう、誤解されるような事ばかり言うのですか!? 初めてって、何で私が1番手なのでしょうか……」

「そんなの、このゲームを作った奴に言えよ」


 自分と同じ攻略対象達を見つめ、青年はうなだれる。


「どうせこれが最後なんだから、いいじゃん!」


 双子の片割れに励まされ、青年は移動を始めた。


「そうですね……。これが最後ですからね。でも皆さんも早く来て下さいね。遭遇イベントですから」

「最後だからさ、僕も行く事にしたんだ」

「いいんじゃない? 隠しキャラが永遠に隠れたままとか、笑えないし」

「好きに動くがいい。どうせ誰も咎めはしない」

「俺に迷惑かけなきゃ、何でもいい」


 青年は皆の自分勝手さに呆れながら、闇に身を溶かした。


 ***


 眩い光に包まれ目を閉じると、花の柔らかい香りが漂ってきた。

 それに気付き薄目を開ければ、焦げ茶色の洋風の建物がサクラを出迎えた。


 鮮やかな花を飾るように咲かせる、青く茂った芝生を囲うように存在する立派な佇まいのこれがラビリント学園なのだろうと、サクラはぼんやり考える。

 ゴシック様式の学園の屋根にはロウソクのような細い柱が飾られ、あれが明かりを灯すものなのかもしれないと思わせる。

 そして正面の建物の上には、そのロウソクに囲まれた王冠のような形の部屋が、屋根の真ん中に存在していた。


「やっぱり乙女ゲーで学園ものだと、建物もキラキラだよね」


 数々の乙女ゲームで見慣れてしまった光景に、サクラの感動はさほどなかった。


「これはほんの一部ですよ。全寮制なので、もっともーっと、大きいです!」


 えっへんとばかりに胸を張る自称・神竜の白うさぎを見て、サクラは笑った。


「アゼツが作ったわけじゃないでしょ? それなのに、すごく嬉しそうだね」

「そうですけどボクも少しは……、いえ! 何でもないです!」


 はっとした顔つきになったアゼツが気にはなったが、サクラは自分の服装が変化していた事に気付き、そちらの確認を優先した。


 白いシャツに、ワインレッドベースの白とピンクのストライプのネクタイ。それらをカーキ色のニットが包み込む。

 スカートはグレーの無地で、黒タイツに黒のローファー。

 制服の上から着ている黒のローブの内側もワインレッドで、格好良く見える。そしてアゼツの説明通り、そのローブの前を留める為に、葉や幹まで真っ青な木のブローチが胸元に輝いていた。


 ここに、桜のつぼみの結晶を入れておけばいいんだよね?

 でも、どうやって?


 そう思い、サクラは隣に浮かんでいるアゼツへ声をかけた。


「このブローチに、どうやって荷物を入れるの?」

「押し込むように触れさせると、吸い込んでくれますよ」

「へぇ……。あ、ほんとだ」

「取り出す時はそのブローチに少し長めに触れて下さいね。そうしたら持ち物一覧が出てくるので、タップして下さい」


 その言葉通り、サクラが青い木に触れ続けると、目の前にホログラムが表示された。


「こんな感じなんだ。教えてくれてありがとう」

「いえいえ。では行きましょうか!」


 アゼツがとても嬉しそうに長い尾を揺らし、1回転しながら前へと進む。


 何でアゼツがこんなに喜んでるんだろ?


 サクラはそう考えながらも、制服に身を包む自分に浮かれ、下を向きながら歩き始めた。


 ローブを着てるけど制服は普通で、そこがいいなって思う。

 ゲームだけど、本物の高校生になれたみたいで、嬉しい。


 自分の顔がにやけるのがわかったが、どうせ周りに生きている者はいない。だからサクラは思いきり自分の感情に身を任せた。

 その時、ドン! と何かにぶつかり、サクラはよろけたはずだった。


「いっ……、あっ! ご、ごめんなさ……い?」


 優しく包み込んでくれるのが人だとわかり、サクラは急いで顔を上げ、謝罪した。

 けれどそこに、人の顔はなかった。


 えっと……、えっ?

 あれ、これ、ゲームの中だよね?

 何で黒子がこんなところに?


 動揺するサクラへ、耳に残る、色気を含む男性の声が優しく囁きかけてくる。


「お怪我はありませんか? 麗しの姫君」


 何故かプルプルし始めた黒子を眺めながら、サクラは心配になった。


「あ、あの、私がぶつかって、どこか怪我しましたか?」


 ここはゲームの中なのに目の前の人が本当に生きているようで、サクラは罪悪感を覚える。

 その瞬間、自分と同じ制服に身を包んだ黒子が、もの凄い速さで距離を取った。

 よく見ると黒の手袋をしており、素肌が見える場所が何もなかった事にも、サクラは驚く。


「私はいつも通りに動いただけ……そう、これからも……ですがこれは……」

「え……、えっ? ちょっ、ちょっと、どうしたの?」


 何だろ、この人……。


 しゃがみ込んでブツブツ呟き始めた黒子をどうすればいいかわからず、サクラはアゼツに視線を送る。

 すると白うさぎは翼をぱたぱたさせながら、もふもふの手を黒子へ向けてウインクした。


 私がどうにかするの?


 アゼツが助けてくれないとわかった瞬間、黒子が叫ぶように声を上げた。


「私は今までなんて破廉恥な振る舞いを……!!」

「は、破廉恥?」


 サクラの呟きにもの凄い勢いで顔を上げ、黒子が立ち上がった。


「申し訳ありません。死んでお詫びしたいところですが死ねませんので、どうすればお許しいただけますか?」

「へっ? あの、私が下を向いてたのがいけないんで、謝らないで下さい」

「そうではなく、私が何の感情も向けていない女性に触れた事を罰してほしいのですが……」


 何の感情もって……。


 あまりにもはっきりと言い切られ、サクラは複雑な気持ちになる。

 けれど、すぐに声を出す事ができた。


「私もあなたの事を何とも思わないので、気にしないで下さい」


 子供っぽい応酬をしてしまったが、どうせ目の前の人はゲームのキャラだ。なので、気にする事をやめた。


「それはよかった。あなたは今までのヒロインとは違うのですね」

「今までのヒロイン?」

「最初の遭遇で私の気持ちなど関係なく、『あなたの素顔を見せて!』と、迫ってくる方ばかりで、もう、ウンザリしていて……」

「……あの、お名前、教えてもらっていいですか?」


 いきなり愚痴を言い始めた黒子へ、サクラは嫌な予感がしながら名を尋ねた。

 すると、姿勢を正した黒子がハキハキと答えた。


「名乗りもせずに話し続けて申し訳ありません。私の名前はリオン・マクニール。以後、お見知りおきを。あ、私の事は攻略しないでいただけると助かります」


 やっぱりこの人、攻略キャラだ!

 攻略キャラって自覚があるとか、初めてなんだけど!

 しかもさらっと攻略拒否されたし!

 ヴァンパイアだったはずだけど、顔見えないし!

 ってかこの人のせいで、キャラのイラストがなかったんじゃ……。


 サクラが唖然としていると、ヴァンパイアの後方からさらに声が聞こえた。


「おい、リオン。後がつかえてるから早くしろ」

「あ、ごめんね。じゃあ君達もどうぞ」


 ぞろぞろと姿を現した、同じ制服に身を包む青年達の輝かしい容姿を眺めながら、サクラは攻略キャラ達との最初のイベントなのだと理解した。


「俺はラウル・リーベック。侵略者と仲を深める気はない」

「侵略者!?」


 あの耳と尻尾だから、狼男だよね?

 それになんか、眩しい。

 攻略キャラだから無駄に光ってるの?

 ん? あれ?

 耳に何かくっついてる。


 制服を着崩し、程よく鍛えられた胸板をちら見せしながら現れた大きな狼男に、サクラは射るような視線を向けられた。

 頬までの長さの銀髪は少しはね気味で、髪色と同色の、ぴんと立つ尖った大きな耳と立派な尻尾が、日の光で綺麗な輝きを生み出している。

 しかし、前髪の隙間から見える蒼眼の目付きは鋭い。

 声の低さと冷たさに怖気付きそうになりながらも、サクラは視線を外さなかった。


 そしてそのままサクラは睨み返しながら、大きな耳へ、縦に貼り付けられているテープのような物の存在に気付く。先程からそれに太陽の光が反射し、目がチカチカする。


「何で侵略者なんて言われるかわかんないけど、それ、眩しいんだけど」

「あ?」

「耳のそ――」

「あーーー!! ストップ、ストーップ!!」


 明るい声が辺りに響き、サクラは何事かと、狼男の向こう側を覗き込む。


 うっ!

 眩しい!!


 サクラの目に光を放つ青年が飛び込んできて、思わずまぶたを閉じそうになる。

 その青年は立派な白い翼を背に生やし、天使の輪っかが見えた。

 けれども少しだけ幼い風貌が、とても長く深い藍色の髪とすみれ色の大きな瞳に彩られ、悪魔のようにも見えた。


 すると今度は、今の青年の声と似ているが、幾分か落ち着いた低い声が聞こえた。


「ほら、そんなに慌てるとクレスは輝くから、落ち着くといい」

「あっ! ごめんね、キール」


 キールと呼ばれた青年は、光を放つ青年と同じ顔をしていたが、こちらは頭に立派な白い羊の角と背に真っ黒な翼を生やしている。

 とても長いプラチナブロンドの髪と大きな碧眼が輝き、天使のように見えた。


 この2人、天使と悪魔の双子、だよね?

 なんで容姿が真反対な感じなの?

 翼があるからどっちかわかるけど、翼がないとすぐには判断つかないじゃん。


 心の中で毒づくサクラへ、彼らが微笑む。


「ぼくはクレス・ハイダウェイ」

「自分はキール・ハイダウェイ」


 あ、この2人はまともなのかも。


 そうサクラが思った時、それが間違いだったと気付かされた。


「「このイベント終了時から、近付く事を禁ずる」」

「はぁ!?」


 攻略キャラから接触禁止令を言い渡され、サクラは続く言葉を失った。

 そこへ、柔らかい笑い声が聞こえてきた。


「ふふっ。僕らの姫君にそんな態度はよくないよね?」


 あれ?

 攻略キャラって4人だけのはず……げっ。


 誰なのだろうと視線を向ければ、たくさんの女生徒を引き連れながら歩く、胸元をはだけさせた気怠げな青年が目に入り、サクラはげんなりした。


 微笑みを浮かべる青年の優しげな目元には琥珀色の瞳が輝き、首周りを隠すぐらいの、少し長めの髪はゆるい巻き毛をしている。それを、赤みの強いストロベリーブロンドが染め上げているのだが、それがどこか気品を漂わせていた。


 何あれ。

 あの人の方がヴァンパイアに見えるんだけど。

 でも、攻略キャラの種族に被りはなかった。


 そう考えていたサクラは、ある事に気付いた。


「まさか、隠しキャラ?」

「あれ? 僕の正体を見破るなんて素晴らしい姫君だ。ついでに名乗っておくね。僕はノワール・スピネル。よろしくね」


 ぱちぱちと手を叩き、青年が甘く微笑む。

 それだけなのに、周りにいる女生徒達は頬を染め、うっとりしている。


 隠しキャラの情報は全然載ってなかったけど、あんまり知りたくないかも。


 何故隠しキャラまで出てきたのか理解できず、アゼツに顔を向ける。

 すると白うさぎは翼を羽ばたかせ、サクラのそばへ来た。


「今回は特別に、彼も参加します」

「今回は特別?」

「最後だからね」


 アゼツとの会話にやんわりと隠しキャラが割って入ってきて、サクラは顔を向けた。


「最後?」

「そう。君が最後のヒロインだからね」

「えっ? どういう事?」

「君がクリアしたら、このゲームは消える」


 柔らかい微笑みに合う優しい声なのに、サクラの耳には何故だか、とても冷たく響いた。


「えっと、その説明はあとでします。サクラ、選択の時間です!」


 サクラが戸惑っている内に、アゼツが物語を進行させるべく、声を張り上げていた。


 まだよくわかんないけど、そういう設定なんだろうから今は気にしなくていいや。


 アゼツの声を聞き、サクラも気持ちを切り替える。

 そして目の前に、青く光るホログラムが現れた。


『彼らは転入生であるサクラを案内するようにと、学園長に頼まれているそうです。誰と一緒に学園を巡りますか?』


 それぞれの名前が出てきたが、サクラはそれらを選ばなかった。


 顔が黒子のヴァンパイア・リオン。

 耳にテープを貼った狼男・ラウル。

 容姿が種族と合っていない双子、天使・クレスと悪魔・キール。

 そして、種族がわからない隠しキャラ・ノワール。


 狼男がものすごく大きいだけで、他のキャラも全員身長が高い。まぁ、私の背が低いから余計に大きく見えるだけかもしれないけど。

 それに、目鼻立ちもはっきりしているから、かっこいいとは思う。あの黒子はわかんないけど。

 でも性格がなぁ……。


 それに、美咲さんが『けなされる』って言ってた理由が、よくわかった。

 こんなスタートで仲良くなれる気がしないけど、それでも、選択肢は慎重に。

 なるべく好感度の上がらないようなものを選んでおく。

 そうしないと、攻略キャラとのトゥルーエンドに近づいてしまうから。


 それに、こういった初っ端の案内イベントは、今後の物語の進行に、その攻略キャラと行動する事が固定される恐れがある。もしくは、これで好感度が上がってしまう。


 ジャンルに偏りはあっても、乙女ゲーでたくさん遊んできたんだから、その経験を活かす時だ。


 だから私は、これを選ぶ!


 ホログラムの選択肢に迷いなくタップし、サクラは心の中でほくそ笑む。


 チリン


 しかしその瞬間、攻略キャラ達がいる方向から、不思議な音が響いた。

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