第2話 人生は1度きり
――手術当日
「さくら、行ってらっしゃい。あなたはきっと元気になる。お母さんの予言は当たるのよ?」
「手術が成功したら、さくらも自分の足で高校へ通えるな。その前に、どこか旅行にでも行くか?」
母の無理をした笑顔と父の辛そうな顔を見ながら、さくらは微笑んだ。
「そうだね。お母さんの予言、当たるだろうね。お父さん、そんなにすぐ私は動けないだろうから、元気になったら連れて行ってね」
私の手術は、まだまだ成功率が低い。
成功したとしても、どんな影響が出るかわかんない。
それなのに、お母さんとお父さんは医大が付属されている高校を探して、その病院へ入院させてくれた。術後、何かあっても安全に高校生活を送れるようにって。
幸い、勉強は苦じゃないからWEB入試は通った。
高校も、こんないつ死ぬかわからない私を受け入れてくれた。それからはオンラインで授業に参加して、気付けばもう2年生。
だから、手術が成功すれば、普通の高校生になれるはず、なんだよね。
それなのに、そんな幸せな環境の中にいる私は、生きたいと、心から思えない。
自分の本心を悟られないよう、さくらはVRゲームを起動してもらう。
「美咲さん、ゲームの準備、お願いできますか?」
「もういいの?」
「お母さんとお父さんと話していたら、ずっと話し続けたくなるから」
さくらの言葉に、両親の顔が悲しげに歪むのを視界の端に捉える。
それに気付かぬふりをしながら、美咲を見つめ続けた。
「手術が終わったらたくさん話せるから。楽しみはあとに取っておこう!」
美咲はいつもの笑顔で、ゲームの情報が詰まった青白い光を、ペン型ライトのようなもので目に定着させてくれる。
「ちょっと眩しいだろうけど、そのまま開けててね。回収は術後にするから、眩しいって思うのは今だけだからね」
「こんな風にゲームできるなんて、世の中、便利になりましたよね」
「でもこれは手術の成功率を上げるための方法だから、普及する事はないんじゃないかなぁ?」
手術中、何かに夢中になる事で生きたいと思う気力が湧き、それによって成功率が上がるのを、医療界の誰かとても偉い人が発見したそうだ。
その偉い人が変わり者で、『手術にそこまで時間がかかるのなら、ゲームでもして過ごしたい』なんて言った事がきっかけで、このような手術中の過ごし方が生み出された。
ただし、ゲーム内で命に関わる事があると本当に命の危機にもなるので、そういったものは除外されている。
まるで夢みたいな話を、私も今から体験するんだ。
初めての事に少なからず不安はあったが、定着が終わり、瞬きする。
何も違和感がなく、通常の景色のままで、さくらは気が抜けた。
「これ、本当にゲームできるんですか?」
「今は何もないはずだよ。それじゃ、脳に信号を送るから目を閉じてね。同時に麻酔もかけるから、次に目が覚めた時、ゲームの中にいるはず」
美咲の笑顔がとても優しいものに変わり、さくらの目は彼女へ釘付けになった。
「行ってらっしゃい。楽しんできてね。帰ってきたらたくさん、このゲームの事、教えてね」
今になって泣きそうになりながらも、さくらも精一杯の笑顔を向ける。
「はい。待ってて下さい。絶対、クリアしてきます」
そしてさくらは、まぶたを閉じた。
***
濃い霧がいきなり晴れ、視界が広がる。
白い部屋に、巨大な電子画面だけが存在しているのがわかり、さくらはそれを見上げた。
あれ……?
体、動かしやすい。
もしかしてもう、ゲームの中?
痛みや苦しみは薬で緩和されており、ほぼ感じる事がなく、その代わりに倦怠感だけがあった。それがなくなり、身体の一部のように存在していた、たくさんの管もない。
身にまとっているのは、普段のパジャマだけ。
さくらがそれらを確認し終えた時、このゲームの舞台設定が、電子画面に流れ始めた。
『ようこそ、ラビリント学園へ!
この学園は、様々な種族が仲を深めながら生活をする場であります。そして、自分の運命の相手が見つかる場所とも言われています』
そうそう、そうだった。
私の希望の学園と人外が当てはまってて、密かに嬉しかったんだよね。
しかも選択肢以外の会話が自由だから、普通に楽しめそう。
あらかじめ、ゲームの説明に目を通していたさくらは、それを思い出しながら文字を追う。
『花のつぼみの結晶を通して、その相手への想いを育てて下さい。色付き、花を咲かせれば、願いの木がその想いに応えてくれることでしょう』
こういうの、乙女ゲーっぽいよね。
色付いた花の結晶を願いの木に捧げて、想った相手と永遠に結ばれるなんてよくある話。などと思いながら、先を読み進める。
『あなたの運命の相手もきっと見つかります。それではお名前を』
あー、そうだった。
これだけはちょっと嫌だったんだよね。
そう思いながら、目の前の巨大な電子画面に触れる。
「サ……、と、届かない!」
あまりにも画面が大きすぎて、さくらはジャンプしながら、何とか自分の名前を入力する。
そして決定ボタンを押したら、違う名前が出てきた。
『サクランさんですね。登録完了しました』
「えっ!?」
まずこのゲームにはヒロインの設定が、ラビリント学園の2年生で16歳、とだけあった。なので、名前も、もちろん容姿もない。遊ぶ人がよりこのゲームの世界へ入り込めるよう、自分を作って遊んでね、というのがウリらしい。
だからさくらは、普段ならヒロインの固定の名前を使用するのだが、仕方なく自分の名前を使った。
攻略キャラが人外ばかりなので、馴染ませるためにカタカナにもした。
それなのに決定ボタンの近くにあった『ン』を押しながら登録してしまったようで、さくらは怒りが湧いた。
「待って、違うから! 修正するの、どうすればいいの!?」
何で確認もなく登録されるの!?
サクランって錯乱じゃあるまいし。
私は至って、普通の女の子だから!!
さくらは頭を抱えたが、ある事を思い出した。
「そうだ、ナビ! まだ準備段階だけど、ナビはいないの!?」
ゲームが始まると物語の進行をサポートするナビが登場すると書かれていたが、もうそれに頼るしかないと思い、さくらは声を張り上げた。
絶対に、サクランなんて名前は嫌だ!!
そう強く念じた時、突然何かが目の前に現れた。
「お呼びですか?」
「わっ! 可愛いっ!! えーっと、うさぎ?」
攻略キャラ同様、全てのキャラクターにイラストがなかった。そのせいで、愛らしい姿をしたナビを想像すらしていなかったさくらの心が、瞬時に奪われた。
「うさぎじゃないです!! ボクは神……じゃなくて、えっと、
どこからどう見ても真っ白でふわふわの毛に覆われた尻尾の長いうさぎが、金色の目を輝かせ、翼をぱたぱたさせている。その姿にとても似合う可愛らしい声に、さくらの頬が緩む。
「おいでぇ。怖くないよぉ」
「なっ、何ですか、その態度は!! それに、ボクに何か用があったんじゃないんですか!?」
何だか結構、気難しい子なの?
ぷんぷんと音がしそうなぐらい怒っているのがわかり、さくらは少しだけ悲しくなった。
「仲良くなりたくて……」
「あ……、ごめんなさい。でも、その、ボク、まだ名乗ってもいませんし、距離感、大事だと思うんです」
ナビなのに、変なの。
さくらはナビがヒロインの絶対的な味方で友人のようなものだと思っていたので、距離感という言葉に違和感を覚えた。
でも、そういう設定なら仕方がないのかと納得し、頷いた。
「ごめんね。じゃあお名前は?」
「いえ。わかってくれるならいいんです。ボクの名前はアゼツです。よろしくお願いしますね、サクラン」
「あぁっ!! それ! それを修正したいの!!」
当初の目的を思い出し、さくらはアゼツに迫る。
「なっ、何ですか!? そんな恐ろしい顔を近付けないで下さい!!」
「ちょっと! 女の子に対して恐ろしいって何!?」
さらに顔を近付けながら、さくらは続けて言い放つ。
「私の名前はさくら! ここに登録するのはカタカナのサクラにしたかったの! お願い、やり直させて!」
さくらの言葉を聞き、ぱちくりとアゼツが瞬きをした。
「何で、やり直すんですか?」
「え? 何でって、間違えたから」
ふむ、と言わんばかりに、アゼツがあごにもふもふの手を当て、呟く。
「人生は1度きりですよ?」
「…………は?」
言われた言葉の意味を考え、さくらは自分でも信じられないぐらい、低い声を出した。
「あれ? わかりませんか? 人生は1度きり。やり直しなんて、できませんよ?」
何、それ。
さくらはアゼツの言葉で、怒りのメーターが振り切れた。
「ゲームのくせに!! ゲームなんてやり直せるのが普通じゃないっ!!!」
とても驚いたように、アゼツがぴゅんと上空へ翔ぶ。
「な、何でそんなに怒ってるんですか!!」
「だって、この電子画面が大きすぎたのが問題なのに、私のせいにしないでよ!!」
「……あ、そういう理由があったんですね。それなら名前だけ、修正します。今後は全て、やり直せませんからね」
アゼツの態度に、さくらは呆気に取られた。
「そんなにすんなり意見変えるなら、最初から修正してよ」
「いえ、本来は修正不可です。でもこれはボクのミスですから。ごめんなさい」
「え、あ、うん。私こそ、怒鳴ってごめん。でもさ、今後は全てやり直せないって、このゲーム、まさかロードとか、ないの?」
「人生は1度きりって、何度も言ってるじゃないですか。セーブもロードもありませんよ」
「もしかして、スキップも?」
「ないです。ゲームですけど、そういう機能はないんですよ」
さくらの乙女ゲームの遊び方は、選択肢のたびにセーブして、1度クリアしたらまた違う選択肢を選ぶにためにロードする。それを繰り返し、全ての選択肢の先のエンディングや隠れ要素を探し出すことに、楽しみを見出していた。
誰とも結ばれないノーマルエンドを最短で目指すために、セーブもロードもスキップも、全部使う予定だったのに……!
1日かかると言われている手術がいつ終わるのか、それとも途中で自分の命が尽きるのか、時間との勝負でもあると思っていたさくらにとって、これは大変な痛手だった。
「さ、修正しましたよ、サクラ。姿の選択がまだですが、そのままでいいですか?」
「あ、ありがとう。姿は……」
もう、悩んでる暇はない。
1つのエンディングをクリアするのに、だいたい5時間から8時間くらいかかる。
これはRPG要素がなかったから、10時間超えとかはしないはず。
手術中に何もなければ、絶対クリアできる。
もし、好感度を上げる選択ばかりしちゃっても、結ばれるのを拒んで、リセット。
また、最初からやり直せばいい。
どうなるかわかんないけど、やれるとこまでやってやる。
さくらは決意を心に刻み、アゼツへ話しかける。
「姿は私のまま、もう少しだけ、ふっくらした体にしてほしい。髪の色は黒から変えなくていいけど、長くしてほしい」
「わかりました。どれくらい長くしますか?」
「うーんと、腰ぐらいまで」
「はい。こちらでどうですか?」
「ありがとう! ちゃんと、女の子に見える……」
入院生活が長くて、髪の手入れなんてできないから、短くしてた。何より、頬がこけて目つきが悪く見えてたけど、これなら普通だ……。
全身が見れる鏡まで出してくれたアゼツにお礼を言いながら、健康だったらこんな姿にもなれた自分を見れて、さくらは感動していた。
「サクラは転入生の設定ですから、今この場で、花の結晶を選んで下さい」
ぱっと目の前に様々な透明の花が現れたが、さくらの目は1輪の花だけを見つめていた。
「この、桜の花の結晶にする」
「名前と一緒ですね。いいんじゃないでしょうか」
アゼツがそう言うと、透明な花の結晶は、つぼみに形を変えた。
「このつぼみは想いに反応して、色付きながら花を咲かせます。しっかり咲かせられるといいですね」
そしてアゼツは、何もない空間に大きな木製のアンティークドアのような扉を出現させた。
「さ、行きましょうか。この扉をくぐれば、ラビリント学園です。その時、服装が自動で制服に切り替わります。ローブを留めるブローチが荷物入れになるので、そこにその結晶を入れておいて下さいね」
さくらの横に降りてきたアゼツに頷き、扉に手をかける。
ここから先はサクラとして、意地でも、攻略キャラと想い人をくっつけて、ノーマルエンドでクリアする!
扉を力強く開け、サクラは乙女ゲームの世界へ飛び込んだ。
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