第1話 謎の乙女ゲーム
前より大きな病院へ移ったけど、自分の命があと僅かな事ぐらい、嫌でもわかる。
「桜、散っちゃった……」
少し前までたくさんのピンク色が目に映っていたはずなのに、もう緑色しか見えない事に、虚しさを覚える。
本物の桜みたく、綺麗に散れたらいいのに。
自分の名前を恨めしく思いながら、ベッドの足元に追いやっていたサイドテーブルを引き寄せ、タブレットを起動する。
ピピピッと音がして、VRゲームの一覧が目の前に浮き上がるように映し出された。
「……今はこっちを、考えなきゃね」
暗くまとわりつく想いを振り払うように、さくらは目の前にある光の情報の塊に集中する。
「どうしようかな……。箱庭系も捨てがたい。着せ替え系もいいな……」
指でスクロールしながら、さくらはもう片方の手で自分の短い髪を触る。
「せめてゲームの中ぐらい、オシャレしたい」
独り言を呟きながら、目的のゲーム一覧を見つけた。
「うーん、でもやっぱり、乙女ゲーかな」
そんなさくらの声と重なるように、スーッと扉が開いた。
「さくらちゃん、おはよう。気分は……、もしかして、決まった?」
「おはようございます、
さくらの担当看護師、
「やっぱり、乙女ゲー?」
「ですです。思い残す事のないように、運命のゲームを見つけます」
「そこは思い残して、続きを術後にしたらいいの! 私はさくらちゃんと乙女ゲーの事、もっと語り合うんだから!」
美咲は初めからとても明るく、自分の事をたくさん話してくれた。それがきっかけで、さくらは美咲に心開く事ができた。
「美咲さんはもういい大人ですから、現実の男性へ目を向けて下さい」
「えぇっ!? さくらちゃんまで友達と同じ事言わないでよ! さくらちゃんだけが私の理解者なのに!」
美咲の友人は、『夢と現実の区別がつかなくなる前に戻ってこい』と、冷たくあしらい、話すら聞いてくれないそうだ。
そこへ、乙女ゲームが大好きなさくらが現れ、水を得た魚の如く、想いをぶちまけてきた。
「美咲さんの気持ちはわかりますけど、私も攻略キャラには恋しません」
「またまたぁ。少しはさ、あるでしょ?」
「ないです」
「え……、マジ?」
美咲さん、素になってますよ。
紫色のグラデーションが彩るミディアムボブの髪の毛が、はらりと美咲の頬へ落ちる。
その髪色と同色の大きな瞳は、そんな事お構いなしに見開かれたままだ。
今は誰でも、ネットからダウンロードした色を髪や目に定着させて簡単に染められる時代だけど、大昔は髪が痛んで大変だったなんて、歴史の教科書に書かれているのが今でも信じられない。
目だって、コンタクトっていうものがないと色付けできなかったなんて、とても不便だと思う。
美咲さんは乙女ゲーの主人公に合わせて色を変えるから、大昔だったら髪も目も痛んで、ひどい事になってただろうな。
美咲に要らぬ心配をしながら、さくらは自分の考えを口にする。
「だって、ゲームですから。ヒロインと攻略キャラが幸せなら、満足です」
「ヒロインは自分じゃない。きゅん! ってするでしょ?」
「そりゃあしますよ。でも私、カメラで外から眺めてゲームするタイプですから。美咲さんのようにヒロインと一体型でゲームしないんで、ヒロインがきゅんってなったのがわかんなければ、しないです」
「えぇ……」
残念そうな美咲へ、今朝の体調の問診記録を渡し、さくらは目の前のゲーム情報との睨めっこを再開した。
うーん、これが最後の乙女ゲーになるかもしれないし、学園系の、爽やかなのがいいかな? でもなぁ、人外が出てくるのも捨てがたい。あとヒロインが可愛い子がいいな。可愛い子が頑張ってると、応援したくなる。
ゲームのパッケージを目で追っていたら、何も人物の描かれていない乙女ゲームを見つけた。
「イラストのない乙女ゲーなんてあるんだ……。美咲さん、これ知ってる? タイトルが『恋のかたちを知りたくて』ってやつなんですけど」
「え……、何でそのゲームが混じってるの!?」
問診記録を電子カルテに読み込ませていた美咲が、ものすごい勢いで覗き込んできた。
そして、少しの間じっと画面を見つめ、静かに呟く。
「これはやらない方がいい」
どんな乙女ゲームも大概好きになる美咲の言葉とは思えず、さくらは首を捻った。
「美咲さん、やった事あるの?」
「10年以上前のゲームなんだけど、クリアしてない」
「そんなに難しいの?」
さくらは現在16歳のため、この乙女ゲームの存在を知らなかった。
「難しいっていうか、もう廃番になってたと思ってたのにまだある事に驚いた、っていうのが正直な感想かな」
「廃番?」
「発売当初、イラストがなくて話題になったんだ。でもね、まず、攻略キャラにはすでに好きな人がいる設定なの。それだけで、期待していた乙女達がふるいにかけられた」
そりゃあ、好きな人がいるのをわかってて男の子を落としにいきたくないよね……。
乙女ゲームとは、試練を乗り越えた先にヒロインと攻略キャラが結ばれるものだが、そんなドロドロは避けたいところだと、さくらも思う。
「でね、ヒロインが初めからけなされる。まぁ、こういうのは他にもあるけど。そのあとも、好きな人に誤解されたくないから近付かないでほしいのを前面にアピールされて、『何で私はここにいるんだろう?』って現実に引き戻された」
真顔で語る美咲の心境がとてもよくわかり、さくらは無言で頷いた。
「チャレンジして買ってみたはいいけど、やる気なくなっちゃって。攻略サイトも漁ったけど、クリアした人もいないっぽくて」
ふうっと息を吐いて、美咲がゆっくりと言葉を紡いだ。
「『何のために作られたかわからない乙女ゲーム』なんて言われるぐらい、そのゲームをしている人を見かけなくなった」
この言葉に、さくらの胸がちくりと痛んだ。
『何のために作られたかわからない』、か。
誰からも必要とされていないなんて、まるで、私みたい。
そんな事はないのも知っているが、それでもある言葉が、さくらの心を塗りつぶす。
さくらの病気は、指定難病の1つ。
小さな頃から入退院を繰り返し、今ではもう入院したまま。
この病気の人は20歳まで生きられないと言われているが、さくらはそれよりも早く寿命を迎えそうだった。
けれど治療法が発見されてから、ようやく成功した人が現れた。
その情報をネットで調べていたさくらの目に、それは映し出された。
『原因の遺伝子を消して治すって、それってもう、人じゃないよね?』
最初、何を書かれているのか、わからなかった。
けれど徐々にその言葉が私の心を痛めつけてきて、『お前は人間じゃない』って言われたのがわかった。
生きていても、人間らしく生きられない。
けれど、手術が成功しても、人間にはなれない。
そんな私は、何のために、生まれてきたんだろう。
ふっと、目の前が暗くなった気がして、顔を上げる。
そこには、心配そうな美咲の顔があった。
「何か、私の言葉が気に障った?」
「あ……、何でもないです……」
美咲に微笑みながら、さくらは乙女ゲームの事を考える。
生まれてきたのに、その結末すら知られていないなんて、きっと、悲しいよね。
それなら私が、誰かを好きになるって幸せなんだろうなって、そんな気持ちを教えてくれた乙女ゲーに、恩返しでも、しようかな。
そう。最後ぐらい私だって、誰かの役に立ちたい。
よし、と心の中で声を上げ、さくらは口を開いた。
「美咲さん、私、『恋のかたちを知りたくて』に決めた」
「……へ?」
「美咲さんの説明で、逆にやりたくなった」
「で、でも、これじゃなくて、もっと幸せになれる乙女ゲーがたくさんあるよ?」
「でもどの乙女ゲーにも、幸せなラストがちゃんと用意されていますよね? それに……」
オロオロし始めた美咲へ、さくらはにやりと笑うように微笑んでみる。
「私は攻略キャラを攻略しません。攻略キャラの恋のお手伝いをしたいんです」
「恋の、お手伝い?」
「そうです。そう考えると、この乙女ゲー、面白くないですか?」
「えぇ? 乙女ゲーなのに自分は恋しないの?」
わざわざそんな事をしなくてもいいのにと、美咲の目が訴えてくる。
けれどさくらは、考えを変えなかった。
「私は恋をしません。それにヒロインを誰かとくっつける途中で私が死んだら、結ばれなかったヒロインが可哀想ですから。それなら途中で死んじゃってもいいように、攻略キャラを応援して楽しもうと思います」
それに、こんな私が恋する事自体、無意味だから。
さくらは話しながら、自分に対するいつもの諦めを頭に浮かべる。
そんなさくらへ、一瞬、美咲が辛そうな顔を見せたが、すぐに笑顔を向けてきた。
「こら。死ぬとか言わないの。手術、絶対成功するって、生きてやるって、思いなさいよ。そのための、ゲームなんだから」
頭を軽く小突かれ、さくらは目を細める。
「ありがとう、美咲さん。私、美咲さんが担当で、本当によかった」
その言葉を受け取るように、美咲が優しく頭を撫でてくれた。
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