化物
青猫
第1話 化物と悪魔
――薬莢の落ちる音。
「GYAAAAA!!!」
続いておよそこの世のモノとは思えない悲鳴。
その声の主もまたこの世のモノとは思えぬ悍ましい外見をしていた。
右腕からどす黒い血を流すソレは、これまで生命の危機に瀕した経験がないのだろう。大きく見開かれた紅い瞳には明らかな怒気、そして僅かに戸惑いと怯えの色が見えた。
「可哀想に、怯えているのか?」
今一度、今二度。
銃声と薬莢の落ちる音が聞こえると、悍ましい見た目のソレは断末魔の絶叫を残して路地に倒れ伏した。
「これでもう怯えずに済むぞ、よかったな」
男は化物に向けてそう呟くと、鈍い輝きを放つ右手の銃を慣れた手つきで腰のホルスターに収めて、『私』の方へ向き直った。
「やあ、お嬢さん。怪我は無いようだね」
さてどう返事をしたものか、と私が逡巡する間に男は目の前まで来ていた。そして座り込んでいる私と目を合わせるように屈み込む。
「ぁ、ありがt――」
「聞きたいことがあるんだが、いいかな?」
「は、はぁ……」
やっと絞り出した感謝の言葉を遮られた事に多少面食らいながらも返答すると、男は懐から一枚の薄汚れた写真を取り出して私に見せる。
「コイツを知らないか?」
まるで旅人が道でも尋ねるかのような軽い調子で問いかけるその姿は、つい先程まで異形を相手に容赦も躊躇いも無く弾丸を撃ち込んでいた人物とは思えない。
写真の人物に心当たりが無いことを首を横に振ることで伝えると、
「そうか……残念だ」
男は心底残念そうにそう言い、立ち上がる。
「この辺りの夜は化物が多い、早く帰った方がいい」
私がその言葉に頷いて立ち上がるが早いか、男はこちらに背を向け歩き出していた。
探し人の手がかりが見つからなかったせいだろうか、その背には落胆と疲労の色が滲んでいた。
――その背はひどく無防備に見えた。
瞬間、ワタシの中の本能が叫ぶ。
『アレを殺せ』 『喰らえ』 『今だ』――と。
ヒトを殺し、喰らおうとする化生の本能。
それは目の前で同胞を弑されて尚、殺戮を求めた。
ヒトとしての理性が飲み込まれる音が聞こえた。
身体には力が満ちてゆき、高揚感が押し寄せる。きっとワタシはもうヒトの形をしてはいないのだろう。
アレを殺す。
溢れて止まらない唾液は空腹によるものか、殺戮衝動によるものか。
獲物に変わった男の背中の心臓の辺りに狙いを定め、その拍動を止めんがために一息で距離を詰める。
標的の背中が眼前に迫り、そこに爪を突き立てようとした刹那。
衝撃。
熱。
激痛。
「GAAAAAAAA!!!」
何が起きた?何故アイツではなくワタシが地面に転がっている?
熱さと痛さで頭が回らない。
顔を起こすと、未だ硝煙を吐いている銃を持つ男が目に入る。撃たれたのだ、あの一瞬で。
ワタシがそれを理解すると同時、男はくつくつと笑い始めた。
「そうだ、いいぞ、それでいい!」
彼はこちらへ歩み寄りつつ芝居がかった口調で続ける。
「そう、貴様ら化物共はそうでなくては!でなきゃ――」
歪んだ笑顔で、動けないワタシの額に銃口を突き付ける。
「――駆除のし甲斐がない。だろ?」
黒く塗り潰されてゆく視界で最期に捉えた男の顔は、幼い頃、ワタシがまだヒトだった頃に絵で見た悪魔のそれによく似ていた。
化物 青猫 @a0nec0
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