「学校」

中野アキフミ

「学校」

「ねえ、飛鳥くんはどうしてサイキネ使わないの?」

 机に落ちた影の主はポニーテールを揺らして首をかしげる。動くネコのイラストが付いた黒いシャツ(授業中なのでネコはスリープモードで尻尾しか動いていない)に滑らかな光沢を持つピンクのスカート。白井さんは今日も見惚れるほど可愛い。

「キーボード叩く音が好きだから、かも?」

 当たり障りのない答えを返す。みんなが代表的な「サイコキネシス」という商品名で呼んでいる思念入力システム。それらは便利だけど、僕には合わない。いらない文章がどんどん量産されて削るのに苦労するからだ。

「音……おもしろそう! 私も使ってみようかな」

 黒板に「自習」と書かれた教室に白井さんの楽し気な声が響く。周囲から集まる視線にお構いなしで、彼女はすでに構築するバーチャルキーボードのデザインを選び始めている。

「いや、慣れるまで大変だからやめた方がいいんじゃないかな。ていうか、早く自分の席に戻って」


 短い休み時間を挟んで、次の授業は自由研究の発表だ。といっても僕は今日の担当ではないので、気楽な聴衆である。

 手元に表示されたウィンドウ、そこに表示された題目を見た数人から笑い声が漏れる。

 教壇に立ったのは「バカの天才」こと後藤くんだ。

「それじゃあ発表始めますっ! テーマは『かっこいいパンチをバグで出そう!』です」

 どろんこの体操服でヒーローっぽいポーズを決めた後藤くんはちょくちょく笑いを誘いながら説明を進める。黒板に手描きされた下手くそな絵はいまいち理解できないが、さすがは成績優秀者。楽しくわかりやすいプレゼンの最後には自然と拍手が起こった。

 要点としては、正面から見たときだけパンチの拳がやたら大きく表示されるバグを参考にして、遠近感を強調したかっこいいパンチを演出しよう、みたいな話だ。よくそんなことを思いつくなと感心する。彼にとっては全てが楽しい遊びになるのかもしれない。


 今日の帰りの会は特に重要な連絡もなく、待ちに待った放課後がやってきた。

「サッカーやるやつ校庭に集合!」

 ボールを抱えて教室を飛び出す後藤くんに数人がバタバタとついていく。

「飛鳥くんは行かないの?」

 帰り支度しているところに白井さんの声がかかる。

「僕はインドアタイプだから。後藤くんはいつも、びっくりするくらい元気だよね」

 少しうらやましい気持ちもなくはないのだが、だからといって真似する気にはならない。

「あはは。先週事故って足の骨が折れたらしいよ。だから余計にはしゃいでるのかも」

「え?」

 白井さんからもたらされた情報はちょっと想定外なものだった。

「わあ、すごいね飛鳥くん。驚いた表情が完璧!」

 マイペースな声をとりあえず聞き流す。

「いやいや、そんな話聞いてないんだけど?」

 お見舞いとか何かありそうなものだ。

「あー、そっか、本人が秘密にしてるから広めないでって言われてたんだ。聞かなかったことにして!」


 校門にたどり着くまで、結局モヤモヤを抱えたままになってしまった。知ってしまった以上、何かするべきなのか、それとも何もなかったことにするべきか……。

 門をくぐると、世界が消える。

 目の前にやや大きめのウィンドウが現れ、聞きなれたメッセージが流れる。

「ログアウト処理を開始します。本日も一日おつかれさまでした」


「ただいま」

 台所に立つ母に声を掛ける。

「おかえり。って、明日香、ずっとうちにいるのにこの挨拶変じゃない?」

 まあ、母の言うことも一理ある。とはいえ、仕事から帰ったのも確かなので、気持ちの切り替えとして言いたいのだ。

「あたしがあたしに戻った確認なの。仕事中はずっと体がアバターだからね」

「そういえば、あんたのアバターは男の子なのよね? 趣味?」

 完っ全に趣味である。今日のようにオーソドックスなTシャツ&ハーフパンツ(サスペンダー装備)もいいが、たまにゴスロリ服なんかも着せる! が、それを素直に……ニヤニヤしている母に語って聞かせるつもりはない。

「メインターゲットの気持ちに近付きたいからロールプレイしてるだけ」

 似たシチュエーションはこれで切り抜けているのだが、「へぇ」とか「ふーん」とか言いながら執拗に目を合わせようとしてくる母には見抜かれているのかもしれない。


 さて、そろそろ眠ろうか。明日も「学校」で、会議に向けたプレゼン資料の準備作業が待っているのだ。

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「学校」 中野アキフミ @Meu_mew

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