第三着 誰しも服を買いに行く服がないときがある

あれからハードな一か月。

毎日言葉を覚えながら服を作り続けた。

それでもいまだにわからない言葉だらけだ。


毎日パン屋さんや果物屋さんにお買い物にいき

単語やビジネス用語を聞き取ったりするも

いまだにカタコトではあるし間違えもする。


ブーシャの町は冒険者や旅人が多く

深いご近所付き合いというよりは

居合わせた人と仲良くなりまた会えるといいな

くらいのあっさり加減のようで、開店に向けての

宣伝という宣伝には不向きであった。


商品はメンズ服は得意じゃないのでとりあえず

町のみんなが着ているようなシャツとパンツをSMLサイズ。

レディース服はシャツ、スカート、ワンピースの

3カテゴリーを数種類の生地でSMLサイズ作ってみた。

合計50着もいかないが限界まで頑張ったつもりだ。


そして問題の服にかかる魔法について。

お姉さんにも聞いてみたがやはり素材自体に

付与能力があるらしく、加え製作するものによって

追加でスキルがつくらしい。


前回作ったタイトスカートは

ジャンピングラビットとというモンスターの毛から

生成された生地で跳躍能力が上がるものらしい。

先日、図書館へ行き生地素材図鑑を借りてきた。


この世界の素材の特性をを把握しつつ

服を製作するのは思っていた以上の大変さだった。

この苦労に見合う売り上げにいなるとよいけど…


ありがたいことに、

売り上げが安定するまでお姉さんが一緒に住んでよい

と言ってくれたのでご厚意に甘えることにしている。


ソファから身を起こして

キッチンの音にひかれていくとお姉さんがいた。


「おはよう、よく眠れた?」

寝起きなので薄着のお姉さんである。

最初は裸のまま起きてきたから困っていたが、

最近は服を着て起きてきてくれるようになった。

そして、相変わらず泥のようなものを調理している。


「お姉さん、おはようございます!」


「ふふ、寝ぐせついてるよ~。」


たしかに、右の方の髪の毛が落ち着いてくれない。

大事な日だというのに…


「お姉さん、そういえばこの材料は

 結局なんていうものでしたっけ?」


「これはね、ヌッポシよ。

 精力がつくからいっぱい食べなさいって

 よく家族に言われていたのよ~」


そうそうヌッポシ、でかいスッポンみたいなやつだ。

HPとMP回復に特化したヌッポシだが、

良薬は口に苦しというように美味しくないのである。

私が料理するようになったら食べないようにしよう…


ヌッポシ、今日も今日とて非常に美味しくいただきました。

最近は食後にアザムという紅茶をいただきながら

二人で談笑するのが日課だ。


「大丈夫?緊張していない?」


甘いシロップをどぼどぼ入れて聞くお姉さん、

なぜ太らないのか…


「はい、たぶん大丈夫です。

 長くお世話になってしまってすみません。」


「気にしないで~、私も誰かと住むの楽しいし。

 たくさんお客さんくるといいねぇ。

 私も一仕事してから様子見に行くから、

 変な人が来たら退治してあげる~。」


腕をむんっとガッツポーズをするお姉さんは

なんだか本当のお姉ちゃんのようだった。


私とお姉さんはお互いに家を出て

お姉さんは依頼をこなしに森へ

私は開店準備をしにお店へと向かった。


お店も掃除をしてきれいになり、

店内もお姉さんやフドウさんの協力で

それなりの内装にはなっていた。

恩返しをしても足りないくらいだ…


「よし、陳列オッケー、ビジュアルオッケー。

 レジ…はなんとか大丈夫。」


この世界の数字も覚えお金も単位もおぼえた。

覚えやすく日本円と相場が変わらないのが救いだ。

お姉さんからお釣り用のお金を貸していただき

なるべくお釣りが出ないように価格を考慮した。


「この…スカートは、5000R(レル)になります…

 跳躍…のスキルが、付与、されています…」


メモを見ながら接客の案内を復唱し練習する。


「大丈夫、こんなの研修と一緒…ノルマないし…」


そして開店時間が訪れた。

ドアを開けると一人が立っていた。


「よぉ、開店おめでとう。」


フドウさんがズーンと立っていた。


「フドウさん!様子を見に来てくれたんですか?」


「いや、オレはお客だが。」


まさかの、フドウさんがお客様第一号となった。


「あっ、い、いらっしゃいませ!」


フドウさんはオウ、と言いながら入店した。


「ほぉ~なかなか頑張ったな。

 …おっこれなんかいいんじゃないか。」


フドウさんが手に取ったのは半袖のシャツだった。

機能性とデザイン性を上げる為ラグランスリーブにし

シンプルだが伸縮性のある素材で着やすさを追求した。


「えっと、『そちら、腕の俊敏…性を高めるスキルが

 付与されております。吸湿、そ…速乾性が高いので

 クエストや作業に適したシャツです。』」


ちらちらメモを見ながらなんとか説明できた。


「これはいくらだ?」


「はい、7000Rになります。

 お会計はあちらのレジで行います。」


「じゃあ、10000Rで釣りをくれ。」


二人でレジへ行き商品は台の上へ、

お金は透明な石でできたトレーの上へ置いてもらう。


ボタンを打ちお釣りを出す。

そのお釣りををフドウさんへ手渡しする。

フドウさんがお金を入れている間に

サッとショッピング袋に入れてレジから出て手渡しする。


ちなみにこのショッピングバッグは

麻のようなネンリン草からできた生地から作った。

ネンリン草は濡れてもすぐ乾き、中の物が濡れず

さらには収納数が10個という優れものだ。

頑丈なので普段使いにも抜群である。


「ありがとうございました!またお越しくださいませ。」


深くお辞儀をする。


「これが“接客”ってやつか?」

フドウさんが不思議そうな顔をする。


「そうです、なにかおかしかったでしょうか?」


この世界のマナーとかがまだよくわからないので

失礼をしていたら大変である。


「いや、悪くないなと思って。

 この町は行きずりが多いからな、店主はあまり話さない。

 もっとも生鮮品を扱うところは人はいるがな。

 装備店だと魔法で自動的に売買している所もある。

 便利といえば便利だがどうにもオレは好かない。」


そういえばフドウさんは

不動産屋さんをしているとは言ったけど

実際は売買ではなく旅人のレンタルハウスが

主な仕事だそうで、なんだか少し寂しいのかな。


「そうなんですね…

 私、このお店を行きずりの人が訪れて

 その人がまた旅に出て、

 ここを思い出してまた来るような

 そんなお店にしたいって、今思いました。」


「おぅ、期待しているぞ。仕立て屋。」


仕立て屋…私は仕立て屋なんだ。


「はい、またのご来店をお待ちしております!」


しかし

フドウさんが過ぎ去った後

私のお店にはお客様が誰一人とこなかった。


「な、なんで…」


それもそうである。

小さいお店で宣伝もうまくできず

ツテもコネもないのである。


「うぅ…これじゃ食べていくなんて夢のまた夢…」


お昼近くなってきた頃、

ようやく誰かが入ってきた。


「あっ、い、いっらしゃいませ!」


「こんにちは~お買い物に来たよ~」


今度はお姉さんが来てくれた。

と、何人か人を連れている。


「あぁ、こっちはね、今日のクエストで

 一緒だった冒険者たちだよ~。

 ここのことを話したら興味を持ってくれたみたいで、

 連れてきちゃった。」


これはとてもうれしかった。

お姉さんたちにもなんとか接客をし、

何着かお洋服を買ってもらった。


日も沈みかけた頃、閉店時間を迎えた。

結局、お客様はフドウさんとお姉さん一行だけであった。


「なんとか…なんとかして集客力を上げないと…!」


でも、どうしたらいいだろう?

販売員だったころから考えるとSNSの活用しか

思いつくものはない…

しかしこの世界にはネットワークの代替品なんて

存在しているのだろうか?

そもそも集客力の問題なのだろうか…


もんもんと考えながらも、お店を片付け

お姉さんの所へと帰宅する。


「おかえり~!」


「ただいま戻りました…」


「どうしたの?ヌッポシが釣られたときみたいな

 お顔をしているよ?」


どんな例えだろう…相当ひどいのはわかるが…


「お姉さん…どうしたら多くの人に

 情報を伝えることができると思いますか?」


お姉さんは、うーん…と唸り

両手をぱんっ!と叩いて見せた。


「大きな声を出す~!」


…大きな声、限度があると思うよ…

がっくりしている私をよそに、お姉さんはにこにこしている。


「とりあえず、ヌッポシ鍋にしよ~」


どろどろの鍋を笑顔で持ってくるお姉さん。

ふふ…もう、慣れましたよ…


「仕立て屋ちゃんのお店ってなんかふわふわだよねぇ。」


ヌッポシをつつきながらお姉さんは言う。


「ふわふわ…ですか?」


「うん、他のお店はずばーん!とか

 どばーん!って感じるなぁ。」


すばーん…どばーん…ふわふわ…

はっきりしていない?


そういえば…


ーこのブランドのコンセプトって何だと思う?ー


ーターゲット層は20代社会人でしょ?

 これだと20代でも学生向きにみえてしまうわよー


学生時代、先生に言われてきたことを思い出す。

そういえばとりあえずかわいくしたい!って作ったワンピース、

素材も何も考えていなくていまいちな出来になったっけ。


私のお店、とりあえずの準備だけで

メンズもレディースも一緒だし素材も吟味したけれど

お店にあるものを使っただけである。

よく考えたら跳躍スキルがついていても

スカートじゃあまり役に立たないのではないか…


付与スキル…マーケティング(※1)…市場調査…素材…

うーん…この世界のことを、この町の人たちのことを

もっと知らなくてはいけないのかもしれない…


二人でヌッポシ鍋を食べてお風呂ベッドに順番に入り

それぞれの寝床につく。


「明日から、もっと頑張らないと…」


そう呟きながら疲れを眠りに落としていった。


元の世界で販売員だった私へ、

異世界でも変わらず働くことは難しいです。


※1…マーケティング、お客様が求めているものを知る為の

   調査をすること。そのデータをもとに作るものを

   決めたり、どう宣伝したらいいか考える。

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異世界で仕立て屋になる @coccozy

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