第二着 ギャザーとタックの境界線は人による

異世界で仕立て屋を始めることを決意した私。

しかし、準備が多すぎて最低でも一か月は始められない…


ここに来た当日はお姉さんの家に

泊めてもらうことになった。


お姉さんはいわゆるフリーターというやつで

いろいろなギルドや個人から仕事をもらい働いているようだ。

できることは広く浅くらしく、

簡単な魔法や武術などいろいろできるらしい。

趣味は料理らしく、夕ご飯を楽しみに待っていた。


「▲☆~!」


にこやかなお姉さんが持ってきたものは

なんだかドロドロしている肉の塊だった…

私のひきつる笑顔を知らずに、食すのを待つお姉さん。

それにこたえようとスプーンみたいなので

肉のようなものを切ろうと試みる。

ぶにゅっとしていて土臭いにおいがする。

一口すくってほおばる。


塩辛い…泥を…食べている?

モツなのか、ザリザリしているところもある…


趣味と特技はちがうものだ。

ここに素晴らしい例がある。

しかし命の恩人ともいえるお姉さんのご飯。

残すわけにはいかない!!


気合で食すとお姉さんは大層よろこんでいた。


この世界は元の世界と似ていて異なる。

スプーンらしきものが雫のような形をしていたり

トイレは一室に大きな石があり、

それに触れると便が浄化され消える仕組みだった。

…便秘しらずの世界だな、ここ。


お風呂と布団は一体型のスライムベッドのようだった。

裸で布団に入ると自動洗浄されるらしい。

お姉さんが絵で説明してくれた。


布団は一個しかないのでお姉さんが

一緒に入ろうと服を脱ぎ始めたが全力で拒否の

身振りをしてみせた。


幸いにもソファらしきものがあったので

そこで寝かせてもらうよう身振りで伝えた。

伝わっているかわからないけど…

お姉さんはベッドについたようだ。


ソファの上で寝る前に荷物整理をする。

持っているのは化粧品、スマホ、モバイルバッテリー

カーディガン、衛生用品、ソーイングセットなど…

この世界だとあまり役立たないものである。


「そういえば、スマホってどうなんだろ?」


スマホをつけてみると充電は半分くらい、

もちろん圏外になっていた。

実家にいるお母さん…どうしているかな。

初めてお母さんにワンピースを作ってあげた時、

すごく喜んでいたなぁ…。

少しだけ涙ぐんでスマホの電源を落とし

疲れた身体を眠りに落とした。


次の日

お店の掃除をすることになった私は

まずお店の中を知ることにした。

今日はお姉さんの服を貸してもらった。

前の胸元から裾が編み上げで調節できるタイトなワンピースだ。

しかしファスナーがついておらず非常に着にくい…

編み上げを緩めてから身体を入れ、また編み上げを

締めて慣れてないせいもありここまで何十分もかかった。

貸してもらったときは胸元の編み上げの紐が

限界まで伸ばされていた、胸の大きさを思い知る。

肩が露出していて恥ずかしいので持っていた

カーディガンを羽織っている。

さすがに元の世界の服は目立つし、

この世界の服にも興味があったし。

この町の私服は男女ともに特に差がなく

男性もロングではあるがスカートをはいていたりする。


一階は売り場と奥に縫製室、資材室らしい。

二階が居住スペースでワンルームにキッチンと

トイレ、ベッド兼お風呂は蒸発したのか跡だけ残し

消えていた。

キッチンの水は出るので、

お姉さんからもらったバケツに水を入れ

即席で作った布切れの雑巾を濡らして絞る。

驚くことに一拭きでそこの場所は綺麗になった。


異世界の布だけあって魔法能力でもついているのだろうか?

居住スペースの掃除は太陽らしい星が

真上に来るまでに終わってしまった。

現実世界で売り場の掃除をしていた自分が役立つとは…

しかしこの世界は時間も数え方が違うらしい。

そもそもが太陽で判断するらしく、曇りのでも

その星は見えるし一定で動くのだとか。


お昼ご飯はお姉さんが持たせてくれた

クッキーのようなもの、市販のものらしい。

甘さは控えめで中に入っている木の実が、

甘酸っぱくさっぱりしていておいしい。

水は水道からのもので大丈夫なようだ。

昨日から飲んでるが特に体調に変化はない。


後は売り場と縫製室、そして資材室の掃除だ。


売り場の掃除をしようと一階に降りると

不動産屋のおじさんがやってきた。


「よぉ、ダイジョウブか?」


「不動産屋さん、こんにちは。」


「その呼び方、長くないか?

 おじさんとかでいいぜ。」


さすがにおじさんはなんだか失礼な気がする…


「では…フドウさんとお呼びしますね。

 先日はほんとにありがとうございました。

 とりあえずは問題ないです。」


不動産屋さんと呼ぶのは長いので

フドウさんと呼ぶことにした。


「フドウ…?あぁ不動産だからか。

 それならよかった、それにしても

 掃除するの早いな。」


「この雑巾のおかげでしょうか?

 やっぱり布にも魔法って宿るんですか?」


「あ~オレはマホウに関して詳しくないからな。

 昨日一緒に来てたアイツに聞いてみてくれ。」


聞いてみてくれって…それができたらいいんだけど…

言葉が通じないと生活も大変だ、よし。


「…フドウさん、私に言葉を教えてくれませんか?」


「ぅえ?教えるのニガテなんだよな…

 まぁ、暇なときオレのところに来たら

 簡単なヨミカキくらいなら構わないぞ。」


「助かります、ありがとうございます!」


お礼を言うと、じゃあな。とフドウさんは

帰ってしまった。


掃除をするべく縫製室のドアを開けた。

ミシンと思われるものが一台

ロックミシン(※1)のようなものも一台あった。

それ以外には、石製のテーブルに

クッション性のある台が乗っている。

近くには赤い持ち手のついたアイロンのような石がある。

どれも錆びたりなどはしていない。

魔法のおかげなのだろうか、埃がある程度であった。

動作もしっかりしており、糸を通す作業も

機械を見れば何となくわかる仕組みだった。

掃除を一通り終え、資材室へと足を運んだ。


ドアを開けると真ん中に大きな机があり

いくつもの生地が棒に巻かれてあった。

棚にはボタンがたくさん小分けに入っており

さすがにファスナーは見当たらなかった。

ここに関しては埃もほとんどなかった。

きっと特別な魔法がかかっているのだろう。

生地の日焼けが怖いからか、窓はふさがれていた。


そっと生地に触れてみる。


「すごい…触り心地がいい。

 上質なウールギャバジン(※2)のような…

 スーツに使っていたのかな?

 わ、こっちはブライダルサテン(※3)みたい。

 ドレスも作ってたのかな…。

 これは扱いにくそうな裏地…キュプラ(※4)みたい。」


次々と現世の学校で学んだ生地が思い出せる。


奥の壁にはパターン(※5)がたくさんつるされていた。


「すごい身体にフィットするようなカーブ…

 よっぽどのオーダーメイド(※6)だったのかな。

 こっちはパーツ数が多いな…革の装備?」


見れば見るほど前営業者が敏腕だったとわかる。

ふと数年前の自分を思い出した。


ー私、将来はあっといわせるデザイナーになる!ー

ーみんなに私のデザインした服を来てほしい!ー


「いま…夢が叶えられるかもしれないんだ…」


私の心に何かが燃えるような、

やる気が沸き起こってきた。


「時間もあるし、タイトスカート一着なら!」


資材室の余っている紙を大きな机に広げ

ペン立てのような箱にたくさん立てられた

筆記具であろう黒い棒を取る。


この世界の数字も単位もまだわからないので

自己流でやっていくしかない。


適当なリボンをウエストとヒップに巻き付け

一周したところでカットする。

好みの丈くらいでリボンをカットする。

その三本のリボンの長さを基に型紙を引く。

ファスナーがないので開け閉めはボタンで代用。

正味、一時間ほどでパターンを引き終え

適当な生地を拝借し裁断する。

ここまで来たら後は縫うだけだ。


ミシンでガーっ!と縫い上げ

手縫いで裾をまつり(※7)仕上げる。


「で、できた!!」


久しぶりの製作ではあったが

立派なスカートができていた。

履いてみるときれいにフィットしていた。


「ふふ、なんかうれしいな。

 社会人になって以来だもんね、服作ったの。」


なんだか気分が軽いせいか、身体が軽くなった気がする。

るんるんでスキップをすると、

天上に頭をぶつけた。


「いっっ!?な、なんでぇ…?」


高さ2メートルほどのジャンプだ。

一般人としてはあり得ない。

でっかいたんこぶができてしまう…。


「これも、生地のせいなのかな…」


スカートを脱ぐといつものジャンプ力に戻った。

不思議だ…さすが異世界。


とりあえずは掃除と整頓が終わり、

フドウさんに簡単な言葉を教えてもらった。

本日もお姉さんの家でお世話になる。


「あ、おかえりー!」

あ、おかえりって言ってるのがわかる!


「ただいま!」

「え、〇☆!…っおかえり!おかえり!」


聞き取れない分はわかるの?など

言っているのだろうか、お互いとにかくうれしいのだ。


「ただいま!ただいま!」


言葉がわかる喜びをかみしめ

二人で跳ね上がっていた。


そして今日もお姉さんの手料理を食べ

眠りにつくのであった。


続く


※1…ロックミシン、生地がほつれないように端を

   ギザギザに縫い補強するためのミシン

   フリルの端処理に使うのは巻きロックという。


※2…ウールギャバジン、ウールは主に羊の毛でできた繊維で

   ギャバジンは丈夫な綾織り(斜めに斜線が入る丈夫な織り方)

   で作られた制服のブレザー等によく使われている生地。


※3…ブライダルサテン、ウェディングドレスを中心に

   様々なドレスに使用されている触り心地のいい上質な

   絹(蚕という虫の吐く糸で作られる高級な繊維)で綾織りに

   仕立てられた生地のこと。


※4…キュプラ、綿の花についている種子付近の短い繊維を

   溶かして生成し、綾織りにした触り心地のいい生地。

   高級なジャケットなどの裏地に使用される。


※5…パターン、型紙のことを指す。型紙を作る人は

   パタンナー、パターンナー、モデリストとも呼ばれる。

※6…オーダーメイド、販売店のあらかじめ生産された服と違い

   購入者が注文してからその人に合わせて作る服のこと。


※7…まつり、まつり縫いという手縫いの技法のこと。

   制服のズボンやスカートの裾もまつり縫いだが専用の

   ミシンがあるので市販品は手で縫うことは少ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る