第3話 【悲報】文化祭後の地味子、やっぱりお堅いしかない

「おっはよー、佐方ぁ!」

 文化祭の代休明け、日常に戻った学校。

 登校してきた俺が席に着くと、ぶんぶんと大きく手を振りながら、一人のギャルが駆け寄ってきた。

 はらもも。茶色く染めたロングヘアと、ぱっちりした目元が特徴的なクラスメート。

 着崩したブレザーの胸元は隙だらけで、豊満なその胸がちらちら見えるから……俺は咄嗟に視線を逸らした。

 ちなみに、こんな『陽キャなギャル』って見た目の彼女だけど。

 中身は立派な――特撮番組を愛しすぎてるオタクだ。

 文化祭のコスプレカフェのときなんて、クラス代表って立場を名目にして、オタバレしないよう注意しながらやりたい邦題だった。怪獣の着ぐるみを着たり、ヒーロースーツみたいなレオタードを着たり。

 そんな『特撮系ギャル』な二原さんは、俺の机に手をついて――にかっと笑った。

「文化祭、楽しかったねぇ! うち、昨日までめっちゃ余韻に浸ってたんだけどー!!」

「まぁ、思ったよりは楽しかったけど……俺は正直、疲れたよ。できるだけ他人とコミュニケーションを取らず、淡々とした学校生活を送りたい」

「とか言っちゃってぇ! 佐方だって、タキシード姿でバシッと決めてたじゃーん。あのときは正直……佐方って格好いいんだなって。惚れちゃいそうだったよ?」

「え?」

「……ぷっ! あはははっ!! ウケるー、めっちゃ焦ってんじゃーん! 冗談だってば、冗談!!」

 くっ……中身が特撮オタクとはいえ、やっぱりギャルだな。

 別に本気にしたわけじゃなかったけどね? 二原さんがこういうキャラだってことは、十分っていうほど知ってるしね?

「おい、二原――じゃあ俺の格好は、どうだったよ?」

 なんか無性に悔しい思いに駆られていると、隣の席に座ってたツンツン頭の友人が、急にカットインしてきた。

 くらまさはる――通称・マサ。

 中学時代からの腐れ縁で、俺と同じく『アリステ』を愛する同志だ。

「えー? 倉井、どんな衣装着てたんだっけ? ふつーに思い出せないんだけど」

「なんでだよ!? ほら、あれだよドラキュラ!! 俺の愛する、らんむ様のクールなライブステージはな、彼女のイメージに合わせたホラーチックなデザインなんだよ。だからこそ俺は――ドラキュラとなった。そう、らんむ様と一体になった感覚を味わうために!!」

 めっちゃ熱弁を振るってるマサ。

 特に加勢はしないけど、気持ちは痛いほど理解できる。

 推しと一体化したい……溶けあってひとつの存在になりたいって、その気持ちは。

「でもさぁ。やっぱ今回のMVPは、間違いなく――綿苗さんじゃん? ね、佐方?」

 らんむ様への愛を独り言のように語り続けてるマサを尻目に、二原さんはニヤニヤしながら俺を見てきた。

 まったく……からかおうとしてるのが、見え見えなんだから。

 ――――二原さんはこのクラスで唯一、俺と結花の関係を知ってる人だ。

 そしておそらく、結花にとって唯一と言っても過言ではない……クラスの友達。

 家では、天然かまってちゃんで。声優としては、元気はつらつキャラな結花だけど。

 それ以外――特に学校での結花は、ほとんど誰とも喋らず過ごしている。

 喋りたくないっていうよりは、周りとどう接していいか分かんないって感じ。

 喋ったら喋ったで、話しすぎてまとまらなくなるし――とにかくコミュニケーションが苦手な結花。

 だけどクラスのみんなは、当然そんな事情は知らないから、結花を『お堅くて近づきがたい地味な子』って思っている。


 話題に挙がったので、俺はふっと結花の方に視線を向けた。

 そこには――びっくりするほど無表情な、結花の姿があった。

 黒髪のポニーテールに、細いフレームの眼鏡。きちんとした着こなしのブレザー。

 そんな結花は着席したまま、じっと――本を読んでいる。

 ……いつものことなんだけど、眼鏡をしてない結花は垂れ目っぽいのに、なんで眼鏡を掛けるとつり目っぽくなるんだろう? 永遠の謎だな、本当……。


 って感じで、家とはまったく違うけど、学校としては通常営業な様子の結花。

 だけど……そんな結花の周囲に、珍しいことに女子数名が集まりはじめた。

 結花もそれに気付いて、本から顔を上げて首をかしげる。

「……どうしたの?」

 思いがけないクラスメートたちからの注目に、戸惑った表情をする結花。

 そんな結花に向かって、女子の一人が瞳をキラキラさせながら、気さくな感じで話し掛けた。

「ねぇ、綿苗さん! 文化祭、すごかったね!!」

「……何が?」

 相手とのテンションの差がひどい。

 まぁ、結花的にはいつもどおりなんだけど。

 だけど女子たちは、思い思いの言葉を結花に向かって投げていく。

「何って、ほら! 文化祭のメイドさん!! 綿苗さんが、ちょっと困った絡みをされてたからね、どうなるんだろって心配してたけど……綿苗さんが、にこーって笑ってさ!!」

「……ああ」

「そーそー! あのときの笑顔、めっちゃ可愛かったよー!! 綿苗さんって、あんな風に笑うんだねぇ!!」

「……別に」

「あたしなんか、ちょっとドキッとしちゃったもん!! もう一回見たいー、って思っちゃうくらいだよ!!」

「……へぇ」

 ――――シンッ。

 気さくだった女子たちが、段々と凍りついていくのを感じた。

 まぁ、そりゃそうだろうな。

 普通に雑談しにいって、あんな無表情で塩対応され続けたら、並の人間は心が折れる。

 結花的には、返し方の正解が分からなくて、困りすぎていつもの塩対応になってるんだろうけど。


「あー、うちもめっちゃ感動したよ、あのとき! 綿苗さんってば、超絶可愛かったもんねぇ!!」


 そんな結花に、助け船。

 俺の隣にいた特撮系ギャル――二原さんが、大きな声を上げた。

「ねぇねぇ、綿苗さん。もっかい、笑ったの見せてー? ね、佐方も見たいっしょ? 綿苗さんのラブリースマイルッ★」

「え、お、俺? い、いや……まぁ」

「…………」

 結花がじっと、俺のことを見る。

 そして、なんか深く息を吐き出したかと思うと、キッと目をつり上げて。

 ぐいーっと――自分のほっぺたを、引っ張った。

「…………はい?」

「……ほへへどう?(これでどう?)」

 いやいや。確かに口角は上がってるけど!

 そんな手動で作るもんじゃないでしょ、笑顔!? しかも目つきが、全然笑ってない!!


「ぷっ! あはははっ!! 綿苗さん、めっちゃウケるー!!」


 二原さんがバンバンと俺の机を叩きながら大笑いして、周囲の注目を集める。

 そんな二原さんを見たクラスのみんなも――なんだか弛緩した空気になって。

「文化祭のときとか、今とか。綿苗さんも、意外にお茶目なところ、あるんだねー」

「ねー。っていうか、文化祭楽しかったよね! 私、あのチアガールの服、すっごい気に入っちゃってさぁ」

「気に入ったのは、あんたの彼氏の方じゃないのぉー?」

「うっさいなぁ、怒るよ!?」

 そうして、なんとなく和やかな雰囲気になったところで、結花の周りからクラスメートたちは撤収していき。

 結花はふぅっと、小さくため息を吐くと――再び読みかけの本を手に取った。

 そして……ちらっと俺と二原さんの方を一瞥すると。


(ありがとう、二人とも)


 ――なんて。

 口パクで感謝の言葉を伝えてきたのだった。


   ◆


「桃ちゃん、大好きっ! 今日はほんっとうに……ありがとー!!」

「あははっ! 結ちゃんってば、めちゃカワだなぁ。うちも結ちゃん、大好きだよー!!」

 そんな仲良しなやり取りをしつつ、ギューッとリビングで抱き合う結花と二原さん。

 その様子を、ソファに腰掛けたまま、ぼんやりと見守ってる俺。

「お? 佐方、暇そうだねぃ。佐方もギューする? 今なら結ちゃんと桃乃様の、ハーレム仕様だよん?」

「だ、だめだよ遊くん! 今はだめ!! だって桃ちゃんにギューッてされたら……このおっきな胸に、遊くんのハートが盗られちゃうもん!!」

「……ぷっ! あはははははっ!! 結ちゃんってば、ほんっとうに可愛いなぁ!! だいじょーぶ、おっぱいに負ける佐方じゃないってぇー」

 わしゃわしゃと結花の頭を撫で回す二原さん……俺は一体、何を見せられてるんだ?


 久しぶりの学校帰り――二原さんは、我が家に遊びに来ていた。


 文化祭のクラス代表&副代表を務めた三人で、打ち上げも兼ねて盛り上がろう……っていう主旨だったはずなんだけど。

 いつの間にか女子二人で、きゃっきゃうふふしてる。

 いや、まぁ……結花が友達と楽しそうにしてるなら、それでいいんだけどね。

「そういや結ちゃん。『仮面ランナーボイスdB』は観てる?」

「もっちろん! あの感動の最終回から、まさかの続編……遊くんと二人で、ドキドキしながら観てるよ!!」

 仮面ランナーシリーズは、一年刻みで新シリーズに切り替わる……らしい。

 だけど、前作の『仮面ランナーボイス』が驚くべき人気だったから、異例のシリーズ続投が決まって、『仮面ランナーボイスdB』がはじまった……らしい。

 らしい、っていうのは、二原さんからの伝聞情報だから。

 二原さんの特撮トークは、専門用語はちんぷんかんぷんだけど、なんか聞かせる力が凄いんだよな。

「新しい敵が登場して、仮面ランナーボイスがやられそうになったときは、私――泣いちゃうかと思ったよ! 声霊の力が通用しない!? じゃあどうするのって!!」

「だけど、そんな危機的状況下で、人々の応援する『声』をベルトに浴びて――『仮面ランナーボイスdB』に進化! 熱かったよね、あれは!! 新しい武器の『メガホンコーラスラッシャー』は、メガホンと剣を一体化させた画期的なギミックでさ――」

 特撮オタクと仲良くなった結果、うちの許嫁が特撮に詳しくなっていきます。

 ギャルのコミュ力とオタクの知識が組み合わさると、布教力が半端ないな……。

 そうやって、盛り上がってる二人をぼんやり見守っていたら、二原さんがニヤッと笑ってこっちを見てきた。

「ね、佐方。うちが特撮ばっか観てるって、思ってるっしょ?」

「実際そうでしょ」

「ふっふっふ……たーしーかーに? これまでのうちは、特撮にしか興味のない人間だったよ? それは認める……けどね? うちだって、他にも手を広げてるわけよ!!」

 そう堂々たる宣言をすると、二原さんはスマホの画面を取り出して――見慣れたアプリを起動させた。


『――ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆ はっじまるよー!!』


 タイトル画面が表示されると同時に、天使のような声が聞こえてきたもんだから……俺は思わず言葉を失った。

 そのアプリは――『ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆』。そしてランダムで決まるタイトルコールは、俺の愛するゆうなちゃん。

 そんな俺の驚く顔を見て、ドヤ顔をしながら二原さんは言う。

「……どうよ? うちばっか布教すんのもなーって思ったのと、結ちゃんがめっちゃ頑張ってんのを応援したいなーってのがあってさ。アプリを落としてみたわけ!」

「え……えぇ!? 気持ちは嬉しいけど……なんか恥ずかしいよぉ、桃ちゃん」

『ゆうながずーっと、そばにいるよ! だーかーら……一緒に笑お?』

「うにゃ――!?」

 結花が猫みたいな叫び声を上げて、ソファに飛び込んでクッションの下に頭を埋めた。

 そんな結花の姿に――二原さんはけらけらと、笑いながら。

「ってわけで。これからはうちも、『アリステ』ユーザーとして、ゆうなちゃんを――結ちゃんを、応援してくかんね? 佐方はそだね……初心者なうちに、色々教えてね!」



「……うぅ。嬉し恥ずかしかったよ、もぉ……」

 二原さんが帰ったあと、部屋を片付けつつ、結花がぶつぶつと呟いてる。

「『恋する死神』的には、ゆうなちゃんファンを一人増やせて、とても誇らしいよ」

「なんで遊くんがドヤ顔してんの!? うん……でも、そうだよね! これから、らんむ先輩とユニットを組んでさらに頑張るんだもん!! むしろ喜ばなきゃだよね!!」

 拳を握りつつ「よしっ」と、気合いを入れる結花。

 そんな結花を、微笑ましい気持ちで眺めていると――結花のスマホから、着信音が流れはじめた。

「はい、ゆうなです、お疲れさまです!! ……あ、そうなんですか? 出張大変ですね……え? 確かにそこ、うちの近くですけど……い、今からですか!? いえ、確かに早めに打ち合わせできた方が、ユニットの準備できていいですけど……あ、いや、えっと……」

 なんだか、しどろもどろな会話をしてるな、と思ってると。

 電話が終わったらしい結花が、スマホを持った手をだらんとさせながら――困ったように眉をしかめて、言った。


「ど、どうしよう遊くん……今からマネージャーさんが、うちに来るって」



 …………え? 今から?

 それって――『弟』的に、かなりまずい展開な気がするんだけど?


------------------------------

試し読みは以上です。


続きは2022年1月20日(木)発売

『【朗報】俺の許嫁になった地味子、家では可愛いしかない。4』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。

------------------------------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【朗報】俺の許嫁になった地味子、家では可愛いしかない。【増量試し読み】 氷高悠/ファンタジア文庫 @fantasia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ