君が知らない物語

綾瀬七重

999本の薔薇の意味を調べてみて

君が知らない話をしてあげよう。


華やかな黄緑とクリーム色のレースのドレス。

ふわふわくるくるしたの栗色の長い腰までの髪には濃いグリーンの細いリボン。

翡翠色のような美しい大きい瞳。その瞳をびっしりと囲う同じ栗色の上を向いた睫毛。

どの瞬間も誰よりも君は美しく輝いていた。

「ねえ、こっちに来てください。子猫がいます」

落ち着いた声もその優しい雰囲気も全てが好きだった。

「本当ですね。母親はどこに行ったのかな?」

美しいドレスを着ていながらも子猫を見るために平気でしゃがみこむ君に合わせて僕もしゃがむ。

君のパニエがふんわりと広がった。

「にゃあん」

子猫が愛らしい声を上げて君の白い手に擦り寄ってきた。

「わあ!なんて可愛いの?」

ぱっと、明るく笑う君を僕はいつも見ていた。

暫くすると子猫はふいっと顔を向けて庭園の奥へ入って行ってしまった。

「母親に会いに行ったんでしょうか?」

君が聞いてくる。

「きっとそうですよ。ほら、丁度ティータイムだから」

僕が腕時計を見せながら言うと君はふふふっと笑った。君が笑うと僕にも伝染る。

昼下がりの春の庭園は心地よくてずっと居られそうだ。君はそのまま座り込んで話し出した。

「そういえば聞きました?メルト男爵のご令嬢のローズ様がパーズ伯爵のご子息とご結婚されるそうです」

君に合わせて僕も座る。

「聞きました。でも確か、ローズ嬢は他に恋人がいたのでは?」

すると君はむっとした顔で言った。

「ええ。とても愛し合っている人がいるのに…お父様のメルト男爵に反対されて無理矢理婚約されてご結婚することになってしまったんです!許せません!」

自分のことでも無いのに友人のためにぷんすか怒る君はとても優しかった。

「そうですね。好きでもない人と政略結婚…。よくある話ではありますが…」

僕がそこまで言いかけると君がばっと僕の方を向いて言った。

「私たちは絶対に絶対にぜっったいにそうならないようにしましょう!」

余りにも力んで言うから首元からネックレスが飛び出した。とても必死だったから何だか僕は君が可愛くて笑いが出てしまった。そして答えた。

「はい、勿論。一生涯貴女だけを愛すると誓います」

すると彼女がにっこり笑って言った。

「私も貴方を、貴方だけを愛します、誓います」


だけどその約束は守られなかった。

君は伯爵令嬢だったけれど皇太子の生誕の晩餐会で皇族である皇子に見初められた。

君の意思は関係なしに進む婚礼話に何度も君は家出をした。その度に父親である伯爵に引き戻されては頬を叩かれた。白い肌が目立つように赤く頬が腫れ上がる。

僕と駆け落ちもしよう計画もとした。ただその日の晩に彼女は屋敷の自室に軟禁された。

そしてそのまま僕と会うことはなく結婚式を挙げた。最後に会ったのは皇族の一員になることを世に知らしめる結婚式の凱旋パレードだった。

中心で皆からの注目を集める華やかなウェディングドレス姿の美しい君。

道端で見送るしか出来ないちっぽけな僕。

今にも涙がこぼれそうな翡翠色の大きな瞳を僕はこれ以上見ていることが出来なくて顔を背けてしまった。これが僕たちの最後だった。


僕の秘密を君に教えよう。

僕は前世の記憶を持って産まれてきた。

君をずっと探しているけれどまだ見つからない。

君は生まれ変わってもきっと僕を覚えていないんだろうな。

今日も僕は普通に大学生としての日常を送る。

思い出しては溜息をつき、いっそ消えればいいと思うこの記憶を忌々しく思う瞬間がたまにほんのたまにある。

今日も溜息をついて俯いて歩いていると正面から走ってきた女性とぶつかった。

高いヒールに綺麗な格好をしていて誰かの結婚式に向かう途中のような雰囲気だった。

ヒールが高いからか彼女が派手に転んでバッグの中身をぶちまけた。

僕は焦ってしゃがみこんで中身を拾い出す。

「大丈夫ですか?すみません、怪我はないですか?」

彼女が恥ずかしそうに肩で切り揃えられた髪を耳にかけながら言った。

「大丈夫です…」

黙々と中身を拾い、2人で立ち上がった時彼女の膝から血が出ていたことに気がついた。

「あ…膝、すみません。痛いでしょう?大丈夫ですか?絆創膏…」

僕がリュックを漁ると彼女が急いでいたのか焦って言った。

「あ…、これくらい大丈夫ですから。気にしないでください」

そう言ってリュックを漁る僕の手首を掴んで彼女の身体が前に傾いたその瞬間だった。

さっきは気が付かなかった首元から翡翠色宝石をあしらった見覚えのあるネックレスが現れた。

僕はそれを見逃さなかった。

「そのネックレス…」

彼女がふと顔を上げる。

「ああ、綺麗でしょう?何百年も前のアンティークなんですけど妙に心が惹かれて購入したんです」

そのネックレスは僕が君にプレゼントした世界に一つだけのネックレスだ。だってそれは僕が手作りした物だから。

そこで彼女がハッとしたように腕時計見てぱっと顔を上げて言う。

「ごめんなさい、もう行かないと。手伝ってくださってありがとうございました」

そう言って足早に立ち去って言った。

僕はその場に硬直したように動けなくなった。


直感した。見た目も声も雰囲気も全然違う。

だけど僕は君を見つけた。

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君が知らない物語 綾瀬七重 @natu_sa3

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