第6話 エピローグ

 揺れるカーテンの隙間から差し込む月明かりが、部屋でひとり横たわる少女を照らす。

 その少女はただ静かにそこにいた。

 眩しげに顔をしかめることも寝返りを打つこともしない。

 死んだように眠る少女の命は機械的に流れる電子音によって周知される。


 まだ寝てるの? あれから二年もたったけど、まだ眠い?


 安らかに眠る少女の手を握りながら、少年は語りかける。

 今日この瞬間、突然目覚めてくれるかもしれないという僅かな希望をもって。


 ……じゃあ、しょうがないね。ホントは寝過ぎもよくないけど……

 そう言えば、君のお母さんまた泣いてたよ。

 明日には起きるって言ってたけど、本当?

 それから友人から伝言を預かってた。

「約束、破らないでね」だってさ。

 早く起きて、元気な顔を見せてあげなよ。


 ――それは変わるはずのない今のはなし。


 その部屋で娘を想う少年は願う

 当たり前の日常を。


 掛け替えのない友達とときに笑って、ときにケンカもするけれど許しあって仲直りして、またバカやったりして。


 ――それはありふれた日常のはなし。


 あぁ、そうだ。僕もまだ諦めてないからね。

 君が起きたらデートに行こう。もちろん強制で。

 映画館でも遊園地でも、どこでも。

 お昼は駅前の喫茶店にでも寄ろう。カップルって言い張って特製パフェを食べながら楽しく話そう。

 あの場面がよかった。今度行くときはあのアトラクションに乗ってみようってさ……。

 ……それからもう一度、僕が君に告白するんだ。

 いつから好きだったか、何で好きになったか。今度は躊躇なく伝えられる気がする。

 もう一度、僕の想いを聞いてほしい。


 ――それは来る筈のない未来のはなし。


 ……君に夢を見せたい。

 これは君に贈る、夢物語なのだから。


 その部屋には、少女の命を告げる電子音が、変わらず鳴り続けている。



 辺りが静寂に包まれ、夜を照らす明るさが増した頃……。

 ――眩しげに瞼を開ける、少女の姿があった。

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夢物語 となし @tonasi4869

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