第7章 - 3 顛末(2)

 3 顛末(2)




 それから何かを優衣に呟き、次の瞬間、優衣がゆっくり顔を上げる。

 そうしてそれから数秒間、優衣は笑顔を両親に向けて、小さく手まで振ったのだった。

 涼太の肩に右手を乗せて、実際は指を少し動かしただけだ。

 しかしそれでも、美穂にとっては天地がひっくり返るくらいの衝撃だったに違いない。

 さっき、時間の問題だと告げられたばかり。

 きっと目を開けることないままに、娘はこの世を去ることになる。

 ついさっきまでそう思っていたのに、

 ――笑顔を見せて、優衣が手を振ってきた。

 そんな事実が信じられず、それでも実際、目の前で起こった現実に、彼女の情念は震え上がってしまうのだった。

 気付けば大きな声を出し、それは秀幸の制止まで延々と続いた。

「優衣! 優衣! 行ってらっしゃい!」

「富士山きっと見えるわ! 帰ったらママにもちゃんと話してね!」

「気を付けるのよ! 優衣! 気を付けてよ!」

「優衣! 寒くない! 優衣! 優衣!」

 似たような言葉がずっと続き、そうして二人の陰影が門の隅へと消え去った時、そこでやっと彼女へ声が掛かるのだった。

「美穂、もういい、もういいんだよ……」

 秀幸がそう言いながら、美穂をソッと抱き寄せる。

 ハッと我に返ったような素振りが見えて、いきなり美穂の身体が大きく震えた。

 それからは、誰も一言も喋らなかった。

 一分ほどで医師と看護師はそこから出て行き、そうして夫婦二人になってからも、美穂の泣き声だけがしばらく続いた。

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