第7章 - 3 顛末

 3 顛末




「出てきた……出てきたわ」

 美穂が口元を両手で押さえ、誰に言うとはなしにポツリと言った。

 そこは優衣の病室とは反対に位置する、小さな待合所のようなところ。

 そこから病院の正門が見通せて、真下がちょうど玄関口となっている。

 二人の姿が非常階段に消えて、美穂が早速声にしたのだ。

「さ、行きましょ!」

 しかし秀幸は首を振り、美穂に視線を向けることなく吐息まじりに声にした。

「行き先は、わかっているんだ……」

 わかっているから、どうすべきなのか?

 彼にも結論が出ておらず、そこで言葉を切って、ゆっくりと、大きく息を吸い込んだ。

 当然美穂は納得できない。

「どこなの? 知ってるって、どうしてよ?」

「さっきな、ここを出て行く時に、彼が小さく呟いたんだ」

 ――急坂に行ってきます。

 涼太はそう言って、そのまま廊下を歩いていった。

「坂って、あなた、どこの坂だかわかってるの!?」

「きっと、丘本にある坂だろうと思うんだ」

 丘本には急な坂道がいくつかあって、そのうち三丁目にある富士見坂は、富士山がよく見えることで有名だった。

「何言ってるのよ? 丘本にある坂って……丘本はここから随分あるじゃないの? 二十分、いえ、背負って行ったら、もっと掛かるわ! それに、そこじゃなかったらどうするの!? タクシーに乗って、また高尾山なんかに行っちゃったらどうするのよ!!」

「彼はそこまで馬鹿じゃないさ……優衣の今の状態だってわかっているだろうし、だからこそ、なんだろうと思う」

 ――急坂に行ってきます。

 だから、しばらくしたら、来てください。

「さあ、もうそろそろ二人が表に出るぞ」

 秀幸はそう言って、美穂のリアクションを待たずに、さっさと病室の外へと歩き出してしまうのだ。

 何か言いたそうにしていた美穂も、慌てて彼の後ろに付いて行く。

 残された医師と看護師は顔を見合わせ、やはり二人の後を追ったのだった。

 そうして小さな空間で、四人それぞれ別々の思いを胸に窓の外へ目を向ける。

 すると一分もしないうちに、二人の姿が真下に見えた。

 それに気付いた美穂が声を発して、慌てて鍵を外して窓を開け放った。

 美穂は窓から顔を出し、きっと何かを言おうとしたのだ。

 ところがちょうどその時、涼太の足がピタリと止まり、そのままクルッとこちらを向いた。

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