第7章 - 1 優衣の日記(2)

 1 優衣の日記(2)




 そんな事実など知らないまま、涼太はひたすら勉強を続ける。

 そうして転入試験をやり終えた日に、優衣の沖縄行きが嘘だったと知らされるのだ。

 それからの数日間は、彼にとっては激烈すぎる日々となる。

 思えばたった一年にも満たない年月だ。

 それでもきっと、後にも先にも人生で一番、濃密な時を過ごしたと言えるだろう。

 一生忘れることなどできないし、その翌年から毎年同じ日に、高尾山を歩きながら様々なことを考えてきた。

 さらに頂上までやってきて、あの日、初めて口にしたワンカップ大関で乾杯し、彼は優衣の日記を読み始めるのだ。

 しかしもう何年も、おんなじページを眺めては、その先に進めないままでいる。

 ちょうど十年前のことだった。

 涼太の実家に小包が届き、中には薄っぺらい封筒と、優衣の日記が一冊だけ納められている。

 手紙は優衣の母、美穂からで、涼太に対する感謝の気持ちと、そんな気持ちを理解するまでに、十年掛かってしまったという詫びる言葉が並んでいた。

 ――処分していただいてもかまいません。

 それでも一度は読んで欲しい。

 そう書かれていた手紙とともに、彼女の最後の日記は真新しいまま姿を見せた。

 そうしてさらに十年が過ぎ、今年でとうとう二十年が過ぎ去ってしまった。

 だから彼は決めていたのだ。

 ――もういい加減、お終いにしよう。

 今年こそ、彼女の日記を最後まで読んで、すべての決着を付けようと、そう思い、二十一回目の高尾山を目指したのだった。

 彼はしおりのところのページを開き、そこに書かれている日付を見つめる。

 三月十三日。

 そしてその日は土曜日だ。

 彼はこの二日後の月曜日に、ある高校の試験を受けた。

 だからきっと、残りはあと一、二ページなのだ。

 きっと、転入試験の数日前、もしかしたら前日だったのかもしれない。

 優衣の日記も、試験前、意識を失う直前に書かれたものが最後となった。

 そしてそんなページを目にした時に、過ぎ去ったはずの年月が、一瞬でどこかへ消え去ってしまった。

 どうしようもなく心が震え、優衣への愛おしさに涙が溢れ出て止まらない。

 そこに、確かに文字はあったのだ。

 ところがどう見たって優衣のものとは思えなかった。

 美しかった彼女の文字は別人のように儚く揺れて……力ない線だけをページの上に残していた。

 本当ならば、たった数行で終わってしまうようなものだろう。

 そんな短い文章が、四頁に渡って右へ左へ綴られている。

 一つ一つが好き勝手に歪み、まるで子供の字のように大きくなった。

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