第7章 - 1 優衣の日記

 1 優衣の日記




「お願い、電話で直接話がしたいの。だって、話すの最後に、なるかも知れないでしょ? だから、どうしても、彼とお話しがしたい、お願い……」

 優衣が掠れた声で、誰に言うでもなく言葉にしていた。

 上を向き、見えているのかいないのか、涙を湛え、薄っすら瞳を覗かせている。

 静養に行くという嘘は、元々優衣が直接伝えることになっていた。

 ところが当日、午後から容態が急変し、意識不明に陥ってしまう。

 目を覚ますのは翌朝で、そうなってから、優衣が必死に訴えたのだ。

「パパが電話しただけじゃ、きっと彼、ここに来ちゃうわ。だから、お願い……」

 そんな優衣の震える声に、両親は成す術もなく、ただただ涙を流すのだった。

 携帯電話など一般的でなく、ポケベルの使用が全盛期をちょっと過ぎたかどうかという時代だ。

 集中治療室で目を覚ましたばかりの彼女が、電話で話をするのは今思うほど簡単じゃない。

 しかしそれから三十分後、優衣は涼太の声を耳元で聞いた。

 ほんの、短い時間ではあったのだ。

「……涼太くんも試験まで、わたしのことなんか忘れて、絶対、勉強がんばってね」

 そう言って優衣は、小さく頷き目を閉じた。

 彼女はストレッチャーに横たわり、受話器は秀幸の手にあった。

 そして目を閉じ、涙が零れ落ちると同時に、受話器も彼女の耳から離れていった。

 そんなことから、たった十分くらい前のことだ。

「担当医の許可が出ましたから、動かせない機器だけ外して、後はこのまま電話のところまで押していきましょう」

 ストレッチャーとともに夏川師長が現れて、

「ただし、十分後には戻ってくる、これが、先生の条件だそうです」

 優衣の両親へそう告げた後、なんとも辛そうな笑顔を見せた。

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