第4章 - 3 捜索(5)

3 捜索(5)




 ――こんなに、急だったんだ……。

 こんなにキツイ急坂を、彼女が登るはずがない。

 もしもここじゃなければ、後は警察に任せることになっていた。

 ここで時間を無駄にするより、もっと他を探すべきだ……と、彼が秀幸へそう伝えようとした時だった。

 ――え?

 ふと、何かが聞こえた気がした。

 気のせいなんかじゃ絶対ない。

 右っ側の暗闇から、小さな吐息を確かに感じた。

 ところが辺りに何も見えず、すぐ後ろに秀幸の顔はあるだけだ。

 となればやっぱり勘違いか? 

 見つかって欲しいという願望が、そんな思い過ごしを生み出したのか?

 そんなふうに考えながら、涼太は囁くように声にした。

「何か、聞こえませんでしたか?」

 しかし秀幸は首だけを横に振り、ただただ怪訝そうな顔をする。

 その時、彼は素直に思ったのだ。

 やっぱり、こんなところにいる筈ない……。

 だから謝罪を声にして、さっさとここから退散しよう。

 そう決めて、「あの、やっぱり」と、声にしたところで再びだった。

「……」 

 やはり微かに、声のような何かが耳に届いた。

 風の音なのか、はたまた霊的な現象なのか……?

 とにかくそのまま、全神経を耳だけに集中させる。

 ところがしばらく待っても辺りはまったくの静寂だ。

 彼は秀幸に向け、「聞こえないか」と再びジェスチャーをするが、彼は首を傾げて困った顔を向けるだけ。

 勘違いか……。

 そう思った途端だった。

 そんな思念を打ち消すように、それは三たび聞こえ届いた。

 今度こそ、勘違いなどでは絶対ない。

 ――どこだ! どこだ! どこだ!

 次の瞬間、幸一は張り裂けんばかりの大声を上げた。

「優衣ちゃん! どこだ! どこにいる!?」

 けれど声は反響ないまま、漆黒の彼方へ消え去ってしまう。

 ――どこだ! もう一回、もう一回言ってくれ!

 そう心で叫びながら、息を止めたまましゃがみ込んだ。

 そして前方正面に目を向けて、ゆっくり視線を右の方へ動かしていく。

 すると暗闇の中、薄っすらと白っぽいものが浮かび上がって見えたのだ。

 ――優衣……?

 そんな思念に応えるように、

「りょう……ちゃん」

 それは単なる吐息のようで、それでもしっかり彼の名前を呼んでいた。


 



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