第4章 - 2 行方不明

 2 行方不明




「行方不明……」

 行方がわからなくなったと聞いて、彼は思わずそう呟いていた。

 それから息を大きく吸い込んで、気付けば声になっている。

「今から、そっちに行きますから!」

 慌てて自転車に飛び乗って、病院目指してペダルを漕いだ。

 心の中で、

 ――二度と会わないってのは明日からだ!

 なんて必死に唱え、ドキドキしながら優衣の元へ向かう。

 病院着くと、正面玄関で優衣の父親が待っていてくれた。

 夜八時近かったから、入り口はすでに閉まっている。

 彼は「悪かったね」と涼太へ告げて、裏口へ向かう途中で何があったのかをさらに詳しく教えてくれた。

「まさか、いなくなるなんて思わなかったから……」

 だから優衣の両親は、眠っている優衣を一人残し、ほんの三十分だけ病室を後にした。

 そうして戻ってみれば、ベッドの中はもぬけの空となっている。

「もちろん、病院の敷地内はすべて見て回ったつもりなんだ。看護師さんたちにも手伝ってもらってね……しかしどうも、外に出たらしくてね」

 いざという時のために用意してあった外出着が消えて、小さなタンスにいつものパジャマが残されていた。

「どうして……?」

 そんな声を、秀幸も予想していたのだろう。

 涼太へ入館証を手渡してすぐに、通路に置かれていた長椅子を指差し、

「ちょっとそこで、少し、いいかな?」

 そう言って、自らさっさと腰掛けた。

「今日も涼太くんは、優衣を見舞ってくれていたんだよな?」

「はい、でも、ご両親がいらっしゃるからと聞いて、そんなに長くは、きっと、一時間もいなかったと思います」

「いや、いいんだよ、違うんだ。別に長居が困ると言いたいわけじゃないんだ」

 そこで彼はフーッと大きく息を吐いて、涼太の顔から視線を外した。

 ひと月くらい前、涼太も夏川師長から聞いてはいたのだ。

 あんまり長居をすると、やっぱり心臓に負担が掛かる。

「ほら、普通に話してるだけだってね、けっこう力を使う物なのよ。それがさ、楽しい時間なら楽しいだけね、やっぱりガクってきちゃったりするのよ、後からね……」

 彼が現れ始めた頃だった。

 そこまでの病気だなんて思いもしないから、涼太の行動も今とはぜんぜん違っていたのだ。病院内を案内してもらったり、裏庭で一緒にサッカーボールを蹴ったりしていた。

 もちろん優衣はなんにも言わない。

 そこまでの大病だと知っていれば、涼太も少しは気を付けただろう。 

「私からは、彼に何も言わないからね。あなたがちゃんと言うのよ。疲れたから、休みたいとか、自分の身体のことなんだから、いいわね……」

 そう言われていたし、優衣ももちろん、無理をしようと思っていたわけじゃない。

 それでもついつい嬉しくて、なかなか口にできないでいた。

 そうして発作が二、三度続き、優衣の母、美穂の堪忍袋の緒が切れる。

「絶対その子のせいです! もう二度と、優衣に近付けないでください!」

 ――できるだけ、興奮させないようお願いします。

 当初から、そう頼んでいたのに……と、美穂の怒りは実際なかなか収まらなかった。

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