第4章 - 1 儚い決意

 1 儚い決意


 


 きっと想像以上に、暗い顔でもしていたのだろう。

 玄関に現れた彼を見るなり、真弓が驚くように言ってきたのだ。

「何? どうしたのよ。そんな死にそうな顔して」

 なんて言葉をかけられて、

 ――死にそうな顔って、いったいどんなだよ?

 なんて言えればよかったが、さすがに瞬時に言葉にならない。

「彼女にでも振られちゃった?」

 と、続いてようやく、

「彼女なんていねえよ!」

 とだけ返して、涼太はそのまま二階への階段を駆け上がった。

 そして部屋に入るなり、ずっと考えていたことへの結論が出る。

 それはもう会わない……と、いうことだった。

 そうすれば、何があったって知らずに済むし、苦しむこともないだろう。

 当然、しばらくは寂しいって感じるかもしれない。

 それでも、先を思えばなんにしたって絶対マシだ。

 そう思い、病院へは二度と行かないと涼太は決めた。

 さっき真弓の明るい声に、涼太は以前の母を思い出していた。

 兄、雄一が亡くなってしばらく、朝から晩まで死にそうな顔で、自殺するんじゃないかと本気で心配したのだった。

 それくらい、母、真弓の精神状態はおかしかったし、きっと父親だって辛い思いをしていただろう。

 もちろん涼太もショックを受けた。

 かなり悲しい思いもしたし、実際涙もたくさん出たのだ。

 しかしそれでも、両親の感じていたショック、特に母親のものとはまったくもって別格だろう。

 なんと言っても小学生だったし、二度と会えないということ以上に、死に行く兄の気持ちをまるで理解などしていなかった。

 しかし今はそうじゃない。

 もしもこのまま会い続けて、ある日突然、彼女が死んでしまったら……。

 そう考えるだけで、これ以上会うことが恐ろしくなった。

 きっと一週間もしたところで、看護師長から真弓へ連絡なんかがあるだろう。

 ここまできたら、直接電話だってあるかもしれない。

 二日と開けずに現れていたのに、どうしたの? なんて言ってくるかもしれないのだ。

 そうなれば、こう言ってやるんだと決めていた。

 ――手術ができないって、どういうことですか?

 ――手術ができないと、彼女、死んじゃうって本当ですか?

 それで返ってきた答えが違うってことなら、それはそれでまた考えればいい。

 とにかくこれでお終いと、涼太は勝手に決め付けた。

 ところがだった。

 思ったより早く、彼へと電話がかかってくる。

 それも夏川師長からではなくて、想像もしていなかった人物からだ。

「永井さんって方から、涼太へ電話よ〜」

 部屋の外から声が聞こえて、涼太は一瞬ドキッとするのだ。

 優衣がどうして、こんな時間に?

 なんて思っていたが、実はぜんぜんそうじゃなかった。

「突然申し訳ない。いつも優衣がお世話になって……実はわたし、優衣の父親で、永井秀幸と申します」

 そう聞いた途端、さっきまでの決意がとっとと消え失せ、

 ――何かがあったんだ!!

 などと、恐れにも似たような感情が、一気に彼の心を埋め尽くしてしまった。

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