第3章  -  1 再会、そして……

 1 再会、そして……




 今から思えば、あの頃も〝おかしいな〟くらいは感じていたんだと思う。

 彼女の持ってきた花だけが、たった一日で花瓶から抜かれてしまったり、体育の時間に忘れ物を取りに戻ったら、真っ暗な教室にたった一人、なんてこともあった気がする。

 あれはきっと、体育には出ずに本を読むんだと知っていて、誰かがわざと照明を切ってから出て行ったのだろう。

 小学校四年生の頃、彼女は遠足途中で急に具合が悪くなった。

 後から聞いた話だと、先生に付き添われて先に帰っていたらしい。

 あの日からしばらく学校を休んで、夏休みが終わってからは、体育の授業なんかには一切出なくなっていた。理由なんかも言わないから、陰ではけっこういろいろ言われていたように思う。

 ――結局、イジメられてたんだろうなあ……。

 あの頃はそんなこと思いもせず、それでも彼女のことはいつも気にはなっていた。

 読書が好きで、いつも教室で本ばかり読んでいる。

 物静かだったけど、決して暗いとかいうんじゃなかった。笑顔がとても可愛くて、病気になるまではどこにでもいる普通の女の子だったのだ。

 なのに五年生になった頃から、滅多に口を開かなくなる。話しかける連中もいなくなり、優衣はいつも一人ぼっち。そうして夏休みが終わっても、彼女は学校に出てこなかった。だからきっと、父親の転勤とかでの転校だろうと思っていたのだ。

 ところがまるでそうじゃなかった。

 彼女は心臓の病気を抱え込み、そのせいで小学校五年生の夏に大手術を受ける。

 その後、手術した病院そばに引っ越し、退院後も元の学校に戻ることはなかった。

「基本はね、今も一緒なのよ。手術を受けたところと違う場所がね、また悪くなっちゃったの……まったく、神様もひどいことするわよね」

 ――時間がきたら、ナースセンターに寄ってちょうだい。

 夏川麻衣子にそう言われ、涼太は優衣のところから言われた通り立ち寄った。

 すると優衣のこれまでを彼にざっくり説明し、

「それでね、できればまた、会いに来てもらえないかしら……」

 さらにこんなことまで言ってくるのだ。

「でもね、ここのところあんまり状態が良くなくてね。だから過激なことは避けて欲しいし、かと言って、気にし過ぎるってのも、逆にね、困るんだけど……」

――意味わかんねえ! 過激なことって、いったいなんだよ!?

 涼太は素直にそんなことを思った。

「でもまあ、良かったわ」

 急に彼女の顔が真面目になり、そこでやっぱり、意外な声を出してくる。

「とにかく今日は……いえ、このひと月だわね、うん、今日までのひと月間、ずっと本当に、ありがとうございました」

 そう言って、深々頭を下げたのだった。

 ここまで丁寧なお礼など、彼はこれまで大の大人に告げられたことがない。だからなんとも言えず気恥ずかしくて、そのまま踵を返して逃げ出したいなどと思ってしまった。

 ただとにかく、彼女とは短いなりに話もできたし、明日で最後となる約束も、

 ――ま、やって、良かったよな……

 なんて心の底から思うことができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る