第2章  -  3 過去(6)

 3 過去(6)




 一瞬、頭の中が混乱した。

 ――病室に行くって? ちょっとお礼って? どうすりゃいいんだ???

 数秒間の躊躇があって、それでもどうにか決断したのだ。

 ――あの子ってのに、会ってやろうじゃないか!?

 そんなことを無理やり思い、彼は走って夏川の後を追い掛けた。

 そうしていつの日か、女の子が顔を出していた三階まで上がる。

 ――やっぱり、あれがそうだったんだ……。

 そう思った途端に、どんどん現実感が増してきて、付いてきてしまったことを後悔し始める。心臓がドキドキ鳴り始め、彼は思わず言おうとしたのだ。

 ――あの、やっぱり帰ります!

 ちょうど同じタイミングで、前を歩いていた夏川が突然後ろを振り返る。

「あの」と声になったかどうかって時に、彼女も涼太を見つめて言ったのだ。

「彼女、ここにいるのよ」

 病室の扉を指差して、なぜか大真面目な顔付きだ。

「ああ……」と思わず声になり、なかなか次の言葉が出てこない。そうしているうちに、彼女はさらに涼太へ近付いて、これ以上ない小声で囁いた。

「とりあえず、お礼を言ってくれる? それでもしできるなら、話し相手になってくれると嬉しいんだけど……」

 腕時計を見ながらそう言って、

「後、三十分以上あるでしょ、約束の時間まで、それまでで、いいからさ……」

 ――もちろん、彼女が嫌そうにしなかったらね。

 そこでやっと笑顔になって、そのまま扉に手をかける。

「ごめん、ごめん、彼がさ、あなたにちゃんとお礼が言いたいって言うからね、ここまで連れてきちゃったわ。ほら、彼はね、吉崎くんて言うんだって、吉崎、亮太くん……」

 布団を被ったままの優衣にそう告げて、すぐに背後に立っている涼太へ続ける。

「彼女がね、永井優衣ちゃん、よろしくね……」

 もうこうなったら仕方がない。

 夏川に続いて病室に入ると、ベッドからこっちを見ている顔がある。鼻から下は布団で隠れて見えないが、すぐに涼太は思い出すのだ。

 ――あれ? 永井?

 確か名前は永井優衣だ。

 そんなことを思っていると、

「とりあえず、初めましてで、いいんじゃない?」

 小声で響く声に促されて、彼は小さく言ったのだった。

「初め、まして……」

 そうしてやっと、優衣は布団を首まで下げて、コクリと小さく頷いた。

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