第2章  -  3 過去(5)

 3 過去(5)




 明日でこの約束も最後となる。

 お陰でリフティングはずいぶん上手くなっていたが、これが嬉しいかといえばそうでもなかった。それでもなんなら、後ひと月くらいしてやろうかって気持ちがないわけでもない。

 とにかく、これが意味あることだったのか? そんなことがわからないまま、ほぼほぼひと月、来週の月曜日からは停学も解けて、また元通りの生活が待っている。

 そんな時にだった。

「これ、涼太くんのでしょ?」

 すでに二百回は越えているリフティングの最中に、いきなりそう言われて慌ててボールを抱え込んだ。彼が驚いて振り返ると、すぐ後ろに夏川麻衣子が立っていて、妙に嬉しそうな顔を見せている。

 病院の喫茶室で会ってから、まったく顔を見ていなかった。

 きっとあっちはどこからか、涼太をちょくちょく見ていたのだろう。なんとも親しげな印象で、彼女が続けて言ってきたのだ。

「あのさ、ちょっとまた、頼まれてくれる?」

 差し出されたものが、やっと自分の本だと知った途端だ。

「これ、あの子が見つけてくれたんだって、だからさ、ちょっとお礼に、病室まで来てくれないかな?」

 ――ね、いいでしょ?

 なんて馴れ馴れしい表情に対して、彼は当然、しっかり嫌そうな顔で返したのだ。

 しかし気にしたふうなど一切見せずに、彼女は「はい、これね」と言って、抱えたボールの上に本を置いてしまうのだ。

 もちろんボールは丸いから、本は滑り落ちそうになる。涼太は慌てて手を置いて、なんとか本を落とさずに済んだ。そうして再び前を見ると、

 ――え?

 夏川はすでに背中を見せて、さっさと歩き出している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る