第2章  -  1 出会い(3)

 1 出会い(3)




 きっと何か理由があって、彼は毎日ここに現れる。

 それがなんなのかは知る由もないが、手にある漫画を眺めながら、優衣はちょっとだけ不安な気持ちになっていた。

 ――もし、この本を探していたらどうしよう?

 家に帰って〝忘れた〟と気付き、となればきっとあの辺りを探すに決まってる。そうしていくら必死に探しても、本は絶対見つからない。

 ――どうして、持って来て貰ったりしちゃったんだろう!?

 そんな後悔しても始まらないし、後は元のところに戻しておくかだ。

 ところが次の日、彼女の心配はきれいさっぱり消え去ってしまった。

 彼は漫画の代わりに、なんとサッカーボールを抱えて現れたのだ。そして右手をサポーターで吊ったまま、サッカーボールでリフティングをし始める。

 そんなのを目にして、優衣はなんだか嬉しくなった。

 彼が忘れていった漫画もサッカー少年が主人公で、たった一冊読んだだけだが驚くほどに面白い。実際今すぐにでも本屋に行って、一巻から読みたいくらいに思っていた。

 ――やっぱり、サッカーが好きなんだ!

 そんな一面を知っただけで、ずいぶん彼との距離が狭まった気さえする。

 きっと腕だけじゃなく、どこか他も悪いのだ。だからこの病院に入院していて、退屈しのぎにこの裏庭でサッカーボールを蹴り始めた……と、優衣は勝手に思い込んだ。

 そもそもリフティングとは、手以外を使って、地面に落ちないようバウンドさせ続けることなのだ。

 ところがだ。彼のリフティングは驚くほどに続かない。

 もちろん、右腕を吊っているせいもあるだろう。

 しかし左手で放たれたボールをだいたい一度しか蹴ることができない。

 運よく――まさにそんな印象で――二度目を蹴ることができても、そのボールは遠くへ飛んでいってしまうのだ。

 そんなのが何度も繰り返されて、やっと三度目が続きそうになった時だった。

 ボールが膝に当たろうとする寸前、彼の右脚が「カクッ」と崩れる。そのまま膝は地面に着いて、当然ボールは彼の脚には当たらないまま地面をコロコロと転がった。

 この時の、彼の印象ですべてが決まっていたのだろう。

 後から思えばこれ以降、日々の〝モヤモヤ〟が一気に少なくなっていた。

 彼はこの時、不思議に思うくらいに悔しがった。

 ――どうして? まだ始めたばかりじゃない?

 きっとこのままやり続ければ、絶対どんどん上手くなるから大丈夫だよ! 

 そんな声を掛けてあげたいくらいに、彼の悔しがりようは極端に思えた。己の膝を左拳で何度も何度も叩きまくって、小さな声で「ちくしょう」と何度となく呟いた。

 終いには、ボールも取りに行かずにその場に寝転んでしまうのだ。

 そうして彼はいつものように、午後二時ぴったりに起き上がり、そのまま建物の中に入って消えた。

 だからきっと、今でもサッカーボールは塀側の草むら辺りにある筈だ。

 さすがに今度ばかりは取りに行って貰おうとは思わなかったが、とにかく自分でも不思議なくらいに気になって仕方ない。

 ――明日も、ちゃんと来るかしら?

 もし来なかったどうしよう……と、理由もないまま、ただただドキドキしまくった。



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