第1章 - 2 永井優衣(4)
2 永井優衣(4)
きっと一階の玄関口に向かっているのだ。階段で何か起きてしまうよりは、とにかく無事に一階には降り立って欲しい。
そんなささやかな希望は叶えられ、美穂が一階に到着すると、優衣が待合室の脇を走っているのが見えた。やはり彼女は玄関口に一直線で、あと数十メートルで自動ドアへというところでだった。
――え! どうしたの?
懸命に動いていた優衣の足が、急にその動きをピタッと止めた。
そうしてその場にしゃがみ込み、苦しそうな顔をきっとこちらに向けてくる。そんな〝最悪〟を思ったが、幸い発作ではなかったらしい。
優衣はその場に立ち尽くし、じっとしたまま動かない。
美穂は慌てて柱の裏に移動して、見つからないようにしながらその様子を窺った。
すると病院受付の方に顔を向け、優衣は何かを目を奪われているようだ。
ところが急に我に帰ったようにクルッと後ろを向いて、そのまま来た方向へ歩き出す。しかしまた、何歩か歩いたところですぐに立ち止まってしまうのだ。
その時、あっという間もなく、優衣の傍らに誰かがサッと近寄った。
と同時に優衣の身体がグラっと揺れて、現れた誰かにしなだれかかる。はち切れんばかりの白いポロシャツにチェックのズボン……一見そんな姿でわからなかったが、それは仕事を終えたばかりの夏川麻衣子その人だった。
夜勤終わりに雑事をこなし、やっと帰れると通用口に向かう途中で、偶然パジャマ姿の優衣を見かける。病院内なんだから、パジャマ姿だって構わないのだ。
しかしどうして一階にいる?
それもたった一人でだなんて……?
――まさか、勝手に!?
いくらダメだと言ったって、始終監視しているわけじゃない。走ったりするのは厳しいが、ゆっくり歩くくらいは今の状態なら問題なくできる。
しかしそれでも、表に出ていくなんてことは絶対ダメだ。
長時間歩けば彼女の場合、いつ発作が起きてしまうとも限らない。
表になんて、行かないでちょうだいよ! と心で思うが、視線の先では優衣が どんどん玄関口に向かって近づいていく。だから夏川も玄関口まで早足で歩いた。待合のベンチを挟んで、反対っかわを彼女を追って進んだのだった。
そうしてこのまま行けば、自動ドアのところで優衣と鉢合わせできるだろう。
そう思っていたところで、優衣が急にその足を止めた。
顔がちょうど夏川の進む方を向いて、明らかに驚いた顔を見せている。
だから慌ててその先に目を向けた。ちょうど診察受付窓口のある辺り、そんなところに目を向けて、夏川もちょっとした驚きを感じてしまった。
――え? どうしたの?
そんなのはもちろん、受付にいた人物についての驚きだった。
しかし同時に、優衣へのものでもあったのだ。
優衣の表情が一気に変わった。
いきなり額を歪ませ、口元を噛みしめるような顔になる。
だから待合のベンチの隙間に入り込み、まっすぐ優衣のところへ駆け寄ったのだ。
そうして彼女を抱きとめて、駆け寄ってきた美穂に静かな声で告げたのだった。
「大丈夫、このままここで待ってますから、急いで急患入口から車椅子を持ってきてください」
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