第1章 - 2 永井優衣(3)
2 永井優衣(3)
優衣の目から、涙がこぼれ落ちたのだ。
瞳を包んでいた水分すべてが、閉じた瞼から一気に溢れ出していた。
優衣はそんな顔を見せてすぐ、ドアの向こうへ飛び出していく。勢いよく開かれた扉がガンと音を立て、再び閉まり始めてやっと美穂は我に返った。
「優衣!!」と、腹の底から大声を出し、
――お願い、誰かあの子を止めてちょうだい!
そんな願いを痛烈に思った。
そうして一気に廊下へ飛び出し、美穂の心は予想以上に大きく揺れる。
きっと、そこまでは走ったのだ。ほんの数秒しか経っていない筈なのに、そう近くはないナースステーション前に優衣がいる。
しかしたまたま夏川麻衣子が居合わせて、優衣の身体をラグビーさながらに受け止めたのか?
美穂が目を向けた時には、大柄の夏川が細身の優衣を両手でしっかり抱きしめていた。
慌ててそこまで走っていって、美穂は思わず優衣に向かって大声を出した。
「なにやってるの! あなたって人は!」
ドッと溢れ出る涙を抑えられず、その後も何かを必死に声にした。
ところが不思議なくらい反応を見せずに、優衣はあらぬ方を見つめたまま動かない。そのうちに、夏川が美穂に声をかけ、その場でのことは終了となった。
結局、なんだかんだと聞いてはみたが、あんなことをした理由ついてはっきりしたことはわからなかった。
だいたい、何も話してくれない。ただその後すぐに、〝もしかしたら〟という理由が美穂には想像付いたのだった。
その日は四月の第二週の水曜日で、月曜日から様々なニュースで入学式のシーンが流されていたらしいのだ。病室にもとうぜんテレビはあるから、きっと優衣だって一度くらいは目にしただろう。
さらに騒ぎのあったその日とは、優衣が通う筈だった高校の入学式だった。
本当なら、彼女も新しい制服に身を包み、そんな一コマに映り込んでいた筈なのだ。
――だから、なの? 優衣……?
きっとそうだと思いながらも、美穂には聞くことなどできなかった。
それでもきっと、すぐに元に戻ってくれる。両親はもちろん、ここ数年優衣を見続けてきた医師や看護師もそんなふうに軽く考えていた。
ところがだ。優衣の機嫌はそう簡単に直らなかった。
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