第1章 - 2 永井優衣(2)
2 永井優衣(2)
もし、あの少年があそこにいなかったら、優衣はどうなっていたかわからない。
もちろん、何も起きなかったかもしれないが、もしも発作が起きていれば、最悪と状態になり得る可能性はいつだって彼女の隣に潜んでいるのだ。
そんな出会いから数週間前、それは、まさに突然だった。
午前中まで何も変わらず、昼食だって普通に食べた。
ところが午後から様子が一気に変わる。いつものように午後一番に姿を見せた母親へ、優衣はいきなり声にしていた。
「ねえ、わたしって、いつまでここにいなきゃいけないの?」
そんな何気ない口調に、母、美穂はいつものように、ちょっとだけ困ったように笑顔を見せて、小さくコクンと頷いて見せた。
いつもなら、このあと普通に話しかければ、いつもの優衣がそこにいる。
ところがまるでそうじゃなかった。
少しくたびれた切り花をとり替えてこようと、花瓶を手にして振り向いた時だ。
お花、替えてくるから……そう言うつもりで優衣の顔を見つめた途端、妙に沈んだ声が響いたのだった。
「わたしきっと……そのお花、なんだよね」
「え? なに、言ってるの?」
「だってそうでしょ? ずっとこの部屋の中にいて、ダメになったら、ゴミ箱にポイっと捨てられちゃう」
「なによ、なに言ってるの、誰もあなたを捨てたりしないわよ」
驚きを抑えてそう返し、そのまま心にあった台詞を言おうとしたのだ。
ところが〝お花〟と言ったところで、
「もういいから!」
優衣の叫びが響き渡った。
「もういい、わたしこれからおうちに帰る」
そう言った時すでに、優衣は素足で床にいた。
唖然と見守る美穂の前を通り過ぎ、彼女はさっさとドアの前まで歩み寄る。
「ちょっと優衣、あなた、なに言ってるの?」
美穂は慌ててそう言って、優衣の背中に近づいたのだ。
その時、優衣がいきなり振り向き、美穂の顔を睨みつけた。それから「すうっ」と大きく息を吸い込み、と同時に両眼をギュッと閉じたのだった。
その瞬間、美穂の心はあっという間に凍り付く。体温が一気に奪われた気がして、「あ」と言ったっきり数秒間、何も言えずにただ固まった。
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