第24話 ご城下の風(4)

 いちおう美絹みきぬについて知らせるということながら、実際には愚痴を言いにやってきた相瀬あいせもり大小母おおおばはいやがらずに迎えてくれた。

 昼飯も出してくれた。また相瀬が飯場の大きな握り飯を持って行かないようにだろうか。

 食べ終わって、美絹のことについて知らせる。貞吉さだきち佃屋つくだやさんに誘われていて、いっしょに村を出ようと言い、どうして海女の娘組の頭を務めると村を出られないのかと問い詰めるので、どうしていいかわからなくなっているのだと。

 盛の大小母はときどき頷きながら聞いていた。自分からは何も言わない。

 そこで相瀬はいちばん気になっていることを大小母にきいてみた。

 「それって、サガラサンシューが海女の娘組の頭について聞き出したくて、美絹さんをご城下に連れて行くのが狙いでしょうか」

 「それはあるまい」

 大小母は即座に言った。

 「まず、海女組のかしらについては、娘組も大人組もどの帳簿にも載っておらぬし、だれが頭かはご城下には伝わっておらぬはずだ。娘の名は宗門改しゅうもんあらためちょうを見ればわかるが、だれが海女かもわからぬ。だれが頭かがもし商人を介して伝わったとして、そしてもし娘組の頭が怪しいとお考えになったとしたら、あの讃州さんしゅう様のことだ、口実を設けてじかに頭を捕まえようとなさるだろう。……何を嬉しそうな顔をしている?」

 「いえ、わたしも同じように考えてましたから」

 「それはよかった」

 大小母は皮肉っぽく言って、続けた。

 「それに、あの佃屋様と讃州さんしゅう様も、それはつながりはあるのだろうが、佃屋様が讃州様のお手先というほどの強いつながりとも思えぬ。その、江戸の人が増えて、近在の村が江戸に売る菜を多く作るようになって、という話、貞吉が思いつくとも思えぬから、たぶん佃屋様がお話しになったことだろう」

 「ああ、そうですね」

 たしかに、貞吉が小知恵が働くといっても、そこまで自分では考えつかないだろう。

 「佃屋様はおそらく、江戸や、江戸までの途中の町々を商売の考えに入れておられる。しかし、讃州様としては、岡平おかだいらの商人が富むことはよいこととしても、運上うんじょうが岡平に入らねば話にならぬ。しかも佃屋様が江戸とのつながりを強めるならば讃州様にとってはやっかいなことになる。讃州様としては、もう少し小さい商人はともかく、佃屋様のように大きな商人は、頼りにもなるが、用心しなければならぬ相手でもあるはずだ」

 「そんなものですか」

 「いまの話、相瀬はわかったのか」

 大小母がきく。

 「いや、まあ、つまり、サンシューにも思いのままになるとは限らない相手がいるんだな、と思って」

 相瀬は笑いながら答える。大小母が不機嫌そうに相瀬を見る。相瀬はあまり自分がばかに見られないようにと続けた。

 「江戸のことがかかわってくると、サンシューも好き勝手はできないってことですよね」

 「もちろんその通りだ」

 大小母の機嫌は、それほどよくはなっていない。

 「しかも江戸には公方くぼう様もいらっしゃる。ことに、今度のようなことが起こった以上、公方様もこの領内のことにご関心をお持ちにならぬ、というわけにも行かぬだろう」

 そうか! ――と思う。

 あの姫様は、江戸の公方様のところまで連れて行けばいいのだ。

 姫様が公方様のもとに出ればサンシューの好き勝手は通らない。もっと大身たいしんの殿様も公方様には頭が上がらないのだ。どんなに岡平でいばり散らしていても、岡平の家老の権勢などないに等しいに違いない。

 いまはその思いつきだけにして、あとは大小母の話を聞くことにする。この勘のよい大小母に姫様のことを少しでもさとられてはならない。

 「いずれにしても、おまえが貞吉の頭を冷やしてくれたことはよかった」

 大小母は貞吉の話に戻る。

 「江戸相手の商売とて、いつもうまく行くとは限らぬ。なにしろ、近郷近在のどの町や村の者も、目端の利く者は同じことを考えておる。岡平より江戸に近い町や村と競えば、岡平に利があるとは言えまい」

 つまり、岡平の商人が考えつくことは、江戸にもっと近い町や村の商人も百姓も考えつくということだ。そうなると、江戸から遠い岡平から割りこもうとしても、割りこむすきがもうないということにもなる。

 大小母は続けて言う。

 「それに、不時ふじの凶作、不時の不漁、いろいろなことがある」

 「それ、さだに話したら、わかってくれますかね?」

 「わかってはくれまい」

 大小母はつまらなさそうに答えた。

 「美絹やおまえがしきたりだと言い張るほどに、貞吉は、世は変わった、しきたりなど無用だという自分の思いにますます執着することであろう。そして、いま話したようなことを説いたとしても、貞吉は、その古いしきたりを守るためにひねくれた理屈を持ち出しているのだとしか見てくれぬであろう」

 それは困る。相瀬は別のことをきいてみる。

 「では、世のなかってほんとに変わってるんですかね?」

 「変わってはおる」

 大小母は即座に答えた。相瀬は続けてきく。。

 「それは、よくなってるってことですか、悪くなってるってことですか?」

 「それは両方だろう。すくなくとも、昔はいまほども好きなように米は食えなかった」

 「いまでも好きなようには食えません!」

 麦を混ぜ、麦のふすままで混ぜ、かさを増やしてやっと腹を満たしているのだ。だから米の飯や麦とは思えないほど色が黒い。

 姫様に小豆を混ぜているのかと疑われたほどに。

 「やはり食い意地が張っておるな、相瀬は」

 自分一人の話ではないと思う。だからそういう話にされても答えようがない。

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