第20話 鬼(3)

 姫様は、眉を寄せ、まじめな顔で相瀬あいせをじっと見ていた。

 何か思い詰めているらしい。

 「相瀬さん、ここは禁制の浜で、村の人の立ち入りが禁じられていると言いましたね?」

 「あ、はい……」

 姫は、低く抑えた声で言った。

 「人の住んでいない街、いや、その遺跡でも、このまわりにありませんか?」

 相瀬がまた驚く。

 イセキとは何のことかわからないが、人の住んでいない街をイセキというのなら、たしかにそれはある。

 だが、それを知っているのは、掛け値なしに相瀬一人のはずなのに。

 秋の祭礼のときにこの別院を使う。しかし、そのとき浜からこの別院に入る道からは、その街の跡形を見つけ出すのは無理だ。建物が残っているわけではないから目立たないし、木立ちに遮られて見えない。

 その街の跡形は、その場に行って、しかもその気になって探さないとわからない。相瀬が、船を漕ぐのがめんどうで、横着をして岬からじかにここの別院に入ろうとしたから見つけることができた。しかも最初の二‐三度は相瀬にもわからなかった。

 ここに籠もるのは海女の娘組の頭だけだ。そして、これまでに頭を務めた者のなかには、相瀬のほかにそんな横着者はいなかっただろう。

 村が始まって以来、一人も。

 祭礼のときには神主様や名主様のご名代もここに来るが、船で浜に着いて、まっすぐにここに来て、まっすぐに浜に戻るから、この「街」に気づくきっかけもあるはずがない。

 それを、どうして姫様は知っている?

 「あります」

 相瀬の声は張りつめていた。

 姫は、深く、ゆっくりと頷いた。

 その澄んだ大きな目で、じっと相瀬を見る。

 唇をいちど結びなおしてから、姫は低い声で言った。

 「相瀬さん、鬼党きとうというものを知っていますか?」

 「キトー?」

 相瀬は口に出してみる。

 そのことばだけで、姫が唾を呑み、眉をひそめたのが感じられる。

 姫にとっては特別なことば、それも、恐ろしいことばらしい。

 相瀬はつとめて落ち着いて答える。

 「いいえ」

 「ここを造ったのはその鬼党です」

 姫の声は震えている。

 「この街も、この建物も。そして、いまの仕組みも」

 「いまの仕組み」というのは、姫が入った穴のことだろう。

 相瀬は引きこまれるようにきく。

 「いまの仕組みというのはいったいなんなんです?」

 「隠れ場所です。中には、石だけで組んだ、床の石を動かす仕組みがあります。その先はおそらく抜け穴になっているのでしょう。たぶん崩れてはいないと思います」

 「ああ、それで、姫様がここから上がって来なければ待つように、と?」

 「そうです。出口が遠くてすぐに戻って来られなかったときのために、あんなことを言ったのです」

 そんな遠くまで抜け穴というのを造るものだろうか?

 「それで、それを造ったのが、キトー?」

 「そうです」

 姫は声をいっそうひそませて言う。

 「鬼の党と書いて、鬼党。「党」は、徒党を組んで悪事を働く、というときの、徒党の「党」」

 トトーと言われてもはっきりはわからないが、トトーを組んでなんとかをするべからず、というのは、名主様のお諭しにときどきある。たぶんご高札こうさつによく書いてあることばなんだろう。

 ということは、「党」とは、よくない者たちがよくないことをするために集まってつくるものなのだろう。

 「鬼の……党」

 相瀬が言うと、姫はけなげに頷いた。

 そして、衣の襟を手で握って胸の前できっちりと合わせ、相瀬をじっと見る。

 怖がっているようでもある。

 また、もり大小母おおおばがよくやるように、戒めるために睨みつけているようでもある。

 姫は言った。

 「鬼党ということば、けっしてここ以外では口にしてはなりません。もし口にすると」

 ことばを切って、姫は邪慳に見えるほどに相瀬の両目を見据えた。

 「あなた一人ではない、村すべての破滅につながります」

 相瀬は背に寒気が走るのを感じた。

 月明かりがあいかわらず漏れているのが救いのように思えた。

 しかし、それすら、その「鬼党」にまつわる妖しい気を伝えていて。

 そのせいで相瀬の体からは温かさが失われていくように感じられた。

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