第15話 炭占い(4)

 祝詞のりとが終わった。

 眠らずにすんだ。でもここで安心して肩を落としたりするとまた着崩れてしまうから、それまでと同じように座っていなければならない。

 神主様と名主様との角張かくばった挨拶が終わる。

 「おもり様」

 神主様が声をかけた。

 参籠所に籠もっているからお籠もり様、つまり相瀬あいせのことだ。

 立ち上がる。足がしびれかけているうえに、輿は揺れるので立ちにくい。そのうえ履き慣れないくつというものを履いている。

 でも支えてもらわないでも地面に下りることができた。

 神主様の合図で、参列者たちがみなで手をち、神様に挨拶する。

 その神主様が「お籠もり様」の相瀬におのを渡してくれる。柄の長さが背丈の半分ほどの斧で、刃のところが鋭く光っている。でもほんとうに使う斧としては軽すぎる。たぶん何も切れない鈍刀なまくらだろう。

 神主様が手を添えようかと相瀬の顔を見る。相瀬は小さく首を振ってことわった。

 参列の人たちを見回し、その斧を土竈つちがまへと振り下ろす。力は入れず、斧が重さで自然と落ちるのに任せた。

 竈のうえが少し欠けただけだった。それでも参列者はいっせいに手をたたく。

 そこに神職や村の主立おもだった役の人たちが集まって、竈を壊してしまう。なかから姥目樫うばめがしの炭を取り出す。

 入れたときには木肌のきれいな木だった。それがかたちはそのままでまっ黒になっている。

 黒くなっても艶がよい。

 神主様が、その炭の一本一本を手にとって確かめる。のぞきこんだり、回したり、指で弾いたりする。それが終わると、右、左に控える神職に手渡したり、地面に置いたりする。

 炭の全部を確かめ終わると、神主様は立ち上がって、いまは壊されてかたちもない竈に向かって、また手を拍ち、頭を下げた。参列者は手は拍たず、いっしょに頭を下げただけだ。相瀬もそうする。

 神主様が立ち上がったので相瀬は後ろに退がった。名主の幸右衛門こうえもん様が横に並ぶ。

 気が張りつめる。

 収穫がこの占いどおりにならないことは知っている。占いが上と出たときにさっぱり魚が獲れなかったこともある。下と出たときに大豊作だったこともある。

 でも、いま、占いが悪ければ、相瀬の行いが悪かったから、ということにもなる。

 そして、これまでの参籠者、つまりお籠もり様のなかで、行儀が悪いという点では、たぶん相瀬の上に出るものは一人もいないはずだ。

 だから、占いが悪いと、相瀬もきまりが悪い。

 神主から占いの結果を聞かされた名主様は、大きく頷いた。

 集まった人たちを前に声を上げる。

 「神主様のお占いによれば、今年は畑の作は上、漁は上々と出たそうであります」

 参列者たちは大きな歓声を上げた。

 相瀬はほっとする。肩のところが着崩れたのがわかるくらい肩の力が抜けた。

 とりあえず、神様は、相瀬のお行儀の悪い参籠をそれほど怒ってはいらっしゃらないようだ。

 「お籠もり様、輿へ」

 神主が短く言う。相瀬はにっこりと挨拶すると、輿に戻った。

 座り直したときに、着崩れた肩のところを直し、領巾ひれを整える。

 ここから、占いに使った樫の炭といっしょに輿で担がれて、村を練り歩く。

 秋のお祭りではお神輿を担ぐが、今日は相瀬が担がれる。去年は輿の担ぎ手が下手でよく揺れ、船酔いに似たような気分になったが、それでもここからは気が楽だ。いままでのように、眠さを抑えて神妙そうな顔を作っている必要はない。

 輿と炭の束は、浜で船に載せられて村の岬の先まで行き、そこで炭を筒島様に捧げる。

 どうするかというと、相瀬が筒島様を拝んだ後で二束にまとめられた炭を海に投げ入れるのだ。

 そうやって投げ入れられた炭の束が海の底でこのあとどうなるか、だれも知らない。名主様はもちろん、たぶん神主様も知らないだろう。

 海女の娘組の頭と次の頭と、それを務めたことのある女たちだけが、知っている。

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