ゲームその4 『白雪姫と毒リンゴ』第9話

「ウググググッ、グォォォォォッ!」


 ぞっとするような断末魔とともに、黒魔女の像は全身にひびが入り、そして……粉々になって砕けたのです。大臣が悲鳴をあげました。


「ヒッ……ヒィィッ! ゆゆゆ、許してくれぇ!」


 白雪姫が、大臣をじろりとにらみつけたのです。床に頭をこすりつけて助けを求める大臣を、白雪姫はしばらくにらんでいましたが、やがて再び指をパチンッと鳴らしました。


「あっ、開きました! 全員突撃! ルドルフ大臣を捕らえるのだ!」


 突然封印の間の扉が開き、兵士たちがなだれこんできたのです。真っ青になる大臣を、兵士たちがいっせいにとらえてなわでしばります。がっくりとうなだれる大臣を、ルージュはじろっとにらみつけました。


「悪いことするからそうなるのよ! ……でも、うれしかったわ、ワオンさん、わたしのことちゃんとわかってたのね」


 ほほえむルージュに、ワオンはにやっとしてから胸をドンッとたたきます。


「もちろんさ。ルージュちゃんとは、今までいろんなゲームで対戦してきたからね。ルージュちゃんが勝負どころだと、絶対ポーカーフェイスになるってことはおいらが一番知ってるよ。……でも、2ターン目においらにアイコンタクトしてきたとき、ルージュちゃんは笑っていた。だからおいらは思ったんだ。勝負は次にするつもりだなって」


 ワオンはルドルフ大臣を見おろしました。


「だからおいらは、わざと勝負するようなふりをしたのさ。あんたを引っかけようと思ってね。おいらだってボドゲカフェの店主をしてきたんだ、そのくらいできるようになっているのさ」

「グッ、このオオカミめ……!」


 しかし、もう大臣に打つ手はありません。そのまま兵士に引っ立てられていきました。と、大臣と入れ違いに、目も覚めるような白いドレスを着て、そのドレスすらかすんでしまうような白い肌の女性が入ってきたのです。ハッとして、ルージュもワオンも急いでひざまずきます。おとぎ連合国の女王、スノーホワイト七世陛下その人だったからです。しかし、女王陛下は逆に自らその場にひざまずいたのです。驚くルージュとワオンでしたが、女王陛下の前にあの光り輝く白雪姫が軽くお辞儀をしたのです。


「ご先祖様、ありがとうございます」


 白雪姫はルージュとワオンにも軽く手をふり、そしてキラキラと雪の結晶となって消えていきました。目を丸くする二人に、女王陛下が手を差し伸べます。


「お二人とも、どうぞお顔をあげてください。頭をさげるべきは、むしろわたくしなのです」


 女王陛下は申し訳なさそうに二人に頭を下げたのです。


「ルドルフ大臣の暴走を止められず、無関係なあなたがたを巻きこんでしまいました。結果的に黒魔女は永遠に封印されましたが、一歩間違えばあなたがたが生贄になっていました。国民を守るべきわたくしの失態です。お許しください」

「そんな……女王陛下、わたしたちは当然のことをしたまでです。むしろ、この国を守り、女王陛下のお力になれて誇りに思っています」


 ルージュが女王陛下の手を取り、そしてもう一度ひざまずきました。女王陛下の雪のようなほおが、温かな色に染まります。


「ありがとう、二人とも。……とはいえお二人が巻きこまれてしまったことは事実です。そして、お二人が大臣と戦い、この国を救ってくれたことも。罪滅ぼしと思われるかもしれませんが、お二人には望むほうびをとらせましょう」

「そんな、滅相もございません」


 首をふるワオンでしたが、となりのルージュは、なぜかいたずらっぽい笑いを浮かべていたのです。驚くワオンに、ルージュはそっと耳打ちしました。


「ワオンさんったら、ホントに人がいいんだから……。せっかくなんだし、ほら、わたしたちが相談してた、あのことについてお願いしたらどうかしら?」


 ワオンは目をまん丸くして、それから「あっ」と声をあげました。そしてうやうやしくお辞儀し、女王陛下に申し出たのです。


「女王陛下、それならばお願いがございます。実は……」




「店長さん、このゲームどうやって遊ぶの?」


 おとぎ連合国の城下町に、新しくオープンしたお店は大繁盛していました。ボードゲームしながらおいしいお菓子を食べられる、夢のようなお店なのです。しかもそこの店長が、優しくゲームのルールを教えてくれるので、お店は早くも子供たちに大人気でした。


「どのゲームの遊びかたが知りたいの? あ、『赤ずきんちゃんのお花畑』ね。うふふ、それじゃあお姉さんといっしょに遊びましょうか。ちょっと待っててね」


 新しくオープンしたお店、『ワオンのおとぎボドゲカフェ2号店』の店長、ルージュは、ワオンから教えてもらったやりかたで入れた、優しい香りのするロイヤルミルクティーをテーブルに並べていきます。子供たちから歓声が上がります。


「わぁい、ありがとう店長さん!」

「うふふ、ルージュでいいわよ。あ、レアチーズケーキもお待たせしました」

「ありがとうね、ルージュちゃん」


 レアチーズケーキを、そしてルージュの笑顔を見て、となりのテーブルにすわっていた男の人たちのほおが赤くなります。もちろんみんな、ルージュがお目当てなのはいうまでもありませんでした。美人でかわいらしい笑顔も素敵でしたが、ときおり見せるルージュのちょっとさびしそうな顔も、男の人たちの心をわしづかみにするのです。


「さ、それじゃあ遊びかたを教えるわよ。『赤ずきんちゃんのお花畑』はね……」


 やわらかにほほえんで、ルージュは子供たちにゲームの遊びかたを教えます。色鮮やかなお花の絵柄に、楽しいルールをみんなすぐに気に入ります。気づけば先ほどの男の人たちも混ざって、みんなでワイワイカードを楽しむのでした。そしてやっぱり、すずしげに笑うルージュのポーカーフェイスに、みんなたじたじです。


「すごいなぁ、ルージュちゃんは。全然手札も読めないや」


 ハハハと笑う男の人に、ルージュも笑みを浮かべてうなずきます。でも、当のルージュは別のことを考えていたのです。それは……。


 ――あーあ、ボドゲカフェの店長になれたのはうれしいけど、でもこれじゃあ、当分ワオンさんとは遊べないわね。またいっしょにボードゲームしたいなぁ――


 窓の外、遠くに見えるおとぎの森を見つめながら、ルージュはワオンの優しいひとみを思い出すのでした。

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ワオンのおとぎボドゲカフェ 小畠愛子 @yuukoandaiko

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