サイドキック

彼方

サイドキック


「面白いヒーロー物には必要不可欠なものって何か知ってるか?」


隣に座るおじさんが僕に話しかけてくる。何だいきなり、とも思ったが、時間はあるので付き合うことにした。

とはいえ、見知らぬ学生に声をかけるくらいだ、大の話したがりに決まってる。ここは歳上を立ててやろうじゃないかと、僕は首を横に振った。

その人はたまたま公園で鉢合わせただけの、全く知らない人だった。大分着古されたヨレヨレのジャケットを手にもって、そこらの自動販売機で買ったらしき缶コーヒーをちびちび飲んでいただけの。

「格好いいヒーロー? 魅力的なヴィラン? 違うな。面白いヒーロー物に必要なのは素晴らしいサイドキック、つまりヒーローと一緒に戦う者の存在だよ。」

他にも空いているベンチはあった。なのに、わざわざ隣に座ったのは、その姿がなんとなく今の僕と重なったからだ。希望していた進路にはどうしても届かずに、それでも諦めきれなかった僕と。

「サイドキックって要はバットマンのロビンとかの、言わば助手でしょ。日本で言うと二号ライダーとかなんとか防衛隊とか。たまに『彼らと戦う防衛部隊もヒーローだ! 』なんて意見も聞きますけど、結局はただの脇役じゃないですか」

そう言った僕を見て、その人は笑っていた。

幼い子供を見るような、それでいて酷く何かを懐かしむような、そんな笑顔で。

「それは違うな。サイドキックと一言で言ってもその立場は多種多様だ。ヒーローの装備を作ったり、日常生活を支えたり、もしくは悩みの相談相手だったり。共に戦場に立つばかりじゃなくても、目的、視野、信条を共有していればヒーローと共に戦うサイドキックだ。だが、彼らは決して脇役じゃあない」

瞬間、その人の目に強い光が宿ったのを僕は見た。もう壮年に差し掛かるという位の、皺の目立ち始めた顔に似合わぬ若々しさと力強さ、そして確固たる意思を宿した目だった。

「確かに言葉の定義としてのサイドキックとは『相棒』や『助手』で、主人公ではない。でもな『サイドキックをやるため』に戦ってる人はきっといない。彼等には彼等自身にとっての戦う理由がある。だからこそ、彼等一人一人が何かの為にその心を燃やす一人のヒーローでもあるんだよ」

そうこまで言うと、不意にその人は口を閉ざして、公園の外へと目を向けた。

あの公園はオフィス街のすぐ傍にあって、目の前には建ち並ぶビルの群れが見えていた。あの人の目にも見えていたはずだ。高さも見た目も似たようなビルばかりのコンクリートジャングルが。


──けれど、今思えばその人が見ていたのは、もっと遠くの景色だったのかもしれない。


「……正直、自分がヒーローになれると思うのは子供の頃までさ。中には一握りの例外もいるにはいる。けど、大抵が大人に近づくほど、自分がヒーローになれるなんて思えなくなってくる。けれど、それでもヒーローへの憧れは捨てられない。そういった夏休みの終わりそうな子供達と視野を共有する存在こそサイドキックなんだよ。立場は違ってたとしても、同じ景色を向くことの出来る存在に、彼らは希望を見出だすんだ」

その時、遠くを見ていたその姿が、そのまま消えてしまいそうに見えた。きっとこの人の夏休みは、あと少しで終わってしまうところだったのだろう。

終わってしまう、この人の夏の輝きが。それが嫌で嫌でたまらなかった、終わらせたくなかった。

認めてしまうと、僕の夏まで終わってしまう気がして。

たからこれは、あの人にではなく、僕自身にも向けたものだったのかもしれない。


「……誰かに希望を与えるのなら、それはまさにヒーローですよね」


「……そうだ、そうだよ。ヒーローさ。彼らもまた、誰かの希望となり道となりうるヒーローなんだ」

僕を見て笑ったその顔は、屈託の無い笑顔だった。輝くように眩しい、憧れたくなるような笑顔。

僕は大層な馬鹿だったらしい。そこで漸くその人の正体に気がついたのだから。

「まぁ、僕は今からでも目指しますけどね。ヒーロー」

「それはそれで素晴らしいことさ。その心、いつまでも忘れないようにな。」


その人は話し終わると、手にもっていたジャケットを着て立ちあがり、公園の外へと歩いていく。高く上げた片手を振りながら、決してこちらを振り向かずに。着古されたスーツを翻すその後ろ姿が、何故だかとてもかっこ良く思えた。

長い長い夏休みが終わりかけていた僕だったけど、もう少し頑張ってみようと思う。今度は別の道も視野に入れて。

ただし、見据える景色は同じだ。手段と戦場が変わるだけ。けど、それも良いじゃないか。


サイドキックもまたヒーローの一人。それを教えてくれたあの人は誰かのサイドキックであり、僕にとってのヒーローだった。

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