一人でトイレに行けなくなった中年男性がプルプル震えながら会社に電話できるようになるまで
原田 塩鳥
中年男性の。コロナ入院から一般病棟に戻るまで
(8/26追記:本記事は元々個人的な近況報告として書かれたものです。コロナ闘病記はカクヨムでも希少とのご意見をいただき、少しだけ加筆を行いタイトル修正やわかりやすいと思うキャッチコピーを加えるなどしました)
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発症
7月下旬、トラックで新聞を配送する仕事についていて、新聞を印刷する工場に到着する直前に猛烈な便意に襲われる。
玄関に車を停めてトイレに駆け込むが間に合わず、パンツを洗ってひとまずトイレを出ると、工場の人が駆けつけてくれるがやはり具合が悪い。
会社の先輩ドライバーが救急車を呼んでくれて、いくつかの質問の後、毎週三度透析を受けている地元の病院まで搬送してもらう。
さっそく病院で検査。抗体検査とPCR検査の結果、コロナウイルス陽性の判定。地元の病院ロナ患者の受け入れ設備がないので病院と自治体で、透析を受けながらコロナの治療のできる病院を捜索してくれた。
翌日、受け入れ先が見つかり、新宿の病院に移送される。到着直後は、そこに入院するということで、ATMでお金を下ろして携帯の充電器を買ってもらう。
それとテレビカードを一枚。BSトゥエルブが映るのを確認して、近日放映される大好きな映画「リズと青い鳥」を大手を振って見られるぞとほくそえんでいた。
目が覚めて、看護士さんに今日がいつかわかるかと聞かれる。
そして言われる。オリンピックはもう終わったと。
てかやったの!?と即座に思うくらい意識が戻ったのは、8月11日だった。
感染
発症まで特に変わった事はしておらず、トラックの仕事をして、バイト先のスーパーではマスクを外さず黙々と働き、週に何度か銭湯に行き、外食もほとんどしていない。1、2週間前に映画を観に行って、喫茶店に入ったくらいだろうか。
数週間前には、会社で言われて病院で抗体検査を受けたが、陰性の結果が出ていた。
考えうる最大の原因は、発症の数日前に受けた二度目のワクチン接種なのだが、副反応>発症>重症化なんてありえるのか?とは思うが、今のところそれが個人的には最も有力な説ではある。
ということでコロナ闘病記としては、あまり参考にならない。申し訳ない。
人工呼吸器とは
天井の形、天井に吊るされた装置などは、おぼろげに覚えている夢の中に出ていた。
そして看護士さんから説明を聞かされる。首からチューブがつながっているため、危険防止のために両手を拘束しているとのこと。
そういえば夢の中でも、両手が自由にならない事が多かった気がする。
喉からは酸素チューブと痰を吸い出すチューブ、点滴もあったかも。それと首からカテーテル。透析にも使う。鼻から栄養物を流し込んだりするチューブなと。
大正や昭和の文学作品に出てきそうな結核を患った病弱な青年であれば、ああ喉や肺を取り出してそのまま洗えれば、とも思っただろう。
だけど君、そういう機能はあるものの、実際楽なものじゃあないよ。喉に大穴を開けられるので、まず飲み食いができない。
それに戦争映画やホラー映画を見たまえよ。コマンドが歩哨をしとめたり殺人鬼が序盤に音もなく犠牲者を襲う時は、ナイフで首をかっ切るものだ。あれと一緒で声も出ない。
危険防止のためにベッドに拘束されるのは先に話した。それだけじゃない。拘束を解かれても結局チューブに繋がれているので、ベッドから一歩も降りられない。あまりいいもんじゃあないよ。
一人でトイレに行けなくなる日
親父の入院時やその後しばらくの介護をしていて(といっても大半は姉貴やヘルパーさん任せだったけど)、親父を車椅子に乗せてトイレまで連れて行って用を足すのを見守ったりした。
それと元々自身もお腹が弱く、中学の頃から現在まで、ずっと便意との戦いだった。だから大人になってもうんこ漏らした話のできる、伊集院光氏や鈴木みそ氏はずっと尊敬している。
一人でトイレに行けなくなる日はいつか来るのだ。そうボンヤリながら確信していた。
それが今なのだ。ベッドから離れられないため、オムツに済ませてから看護士さんに交換してもらうのだ。
漏らした訳でもなく、オムツの中に放出する時、プライドとか尊厳とかか失われた感じがある。
ボンヤリ覚悟していたけど、耐えられない人もいるだろうなぁと、病室の目の前にあるトイレと誰かが暴れた形跡のある別の病室を片付ける光景を眺めながらボンヤリ思った。
折り返しの一歩手前
とりあえず意識を取り戻してから心掛けてきたのは
お医者さんや看護士さんの言うことをよく聞いて、従う。
忍耐可能な苦痛とそうでないものの違いを理解し、基本的には我慢するが、必要なら意思を示す
お医者さんや看護士さんに無駄に話しかけない
といった感じだろう。あれこれうるさく言ったり暴言を吐く人にはなりたくない。温厚だった親父が認知症を発症して、暴言を吐いて拘束されたと聞いた時は本当にショックだった。
声は出なくなったが、病室にはあいうえお順に文字の並んだ文字盤があって、まずはそれを指差し、一文字一文字指差して状況や意思を伝える。
その繰り返しで、暴れない人と判断されたおかげか、看護士さんが病室にいる間は拘束を解いてもらったりもした。手が動かせるからと言っても何ができる訳でもないが、ちょっと姿勢を直したりはできるようになった。
元々意識の回復した時点で、人工呼吸器を取り外していく方針が決まっていたのだが、検査の結果コロナ陰性の結果が出たとのことで、同じ緊急病棟内だが、病室を移る事になった。
短い一週間、長い長い道のり
病室を移動したのは、意識の回復した週の金曜か土曜。窓もないし、時間の感覚もわからないので、看護士さんに勧められるままテレビを見るようになった。
基本的にテレビはアニメくらいしか見ることはないのだけど、そういうときは、NHK教育かテレビ東京だ。
おかげでなんとなく、いつ頃何をしたかも覚えている。モルカーは洗車の回だった。
病室を移るちょっと前からリハビリも始まったのだが、そこで体力がアホほど低下していることがわかった。自力で立てない。
ベッドにはパトレイバーの輸送車のようなリフト機能があり、寝たままベッド自体が起き上がることができるのだが、それでも初回は、膝が抜けて立てなかった。
緊急医療室に3日いると立てなくなる、とはよく言われる話らしいがそこに三週間近くいたのだ。
拘束を解かれてテレビのチャンネルを変えられるようになっても、リモコンがなくテレビ側面のボタンが押せない。というかベッドから自力で起き上がることすらできない。腕や上半身の力ももれなく低下しているのだ。
CTスキャンのためにチューブを繋げ変えて車椅子で運ばれ、撮影後ベッドの準備が整うまで待機しただけで体力を使い果たし、その日はベッドに倒れこんでずいぶん長く動けないということもあった。
(8/26追記:ベッドの底板を踏みつける、足を伸ばした状態から腿や膝裏辺りをベッドに押し付けるなどは、ベッドにいながらできるリハビリとしてリハビリの先生に教わった。人工呼吸器とベッドに拘束されている時も足は若干動くので、足が動く、少しでも力を入れるなどは、やっておいた方がいいと思う)
食事ができるようになって、起こしてもらってベッドの端に座っても、首で頭を、背中で上半身を支えられない。
その後ベッドにバンドで体を固定し酸素吸入を行いつつリフトアップし、お台場ガンダムの方がまだ気合いが入っているぞと鬼軍曹にどやされそうな(一応補足。誰もそんなことは言っていない)歩行というか体重移動を行ったりした。
その合間に鼻と喉のチューブが外され、酸素吸入と痰を抜く口のついた簡易的なものに交換される事となった。
交換の間喉が開いた時、栄養士さんが飲み込みテストを行う事になった。飲み込みの可否を、今なら直接見ることができる。
まずはスプーンの水を一杯、二杯、コップで一口。それからゼリーを少量。よくあるグレープゼリーの味がした。
その後栄養士さんと相談して、個人的に慎重を期したいので、お粥や煮物などの飲み込みやすい食事にしてもらう事にした。それは今もまだ続けている。
基本的に偏食で野菜が嫌いなのだけど、どろどろの煮物ならなんとか食べられるものもある。そんな効果もあった。
さらば緊急病棟、しかし終わりではない
早朝のニュースで千葉真一氏が亡くなられた事が報じられた日の朝、透析室で透析を行う事になった。首のカテーテルはもう引き抜かれており、腕の血管に設置されたシャントから透析を行う予定だ。
そしてそのまま、緊急病棟から一般病棟に移る事となる。
大学病院なので看護士さんやスタッフには学生や研修医が少なくないのだけど、亡くなられる患者さんも日常的な中、コロナに感染して生きて緊急病棟を出られた事が、彼ら彼女らの誇りになってくれると幸いである。
透析を行う間に、喉の処置も緊急病棟から一般病棟の耳鼻科にバトンタッチ。
それはいいのだが、腕のシャントは元々血管が奥まった位置にあり難易度が高く、専門のプロである地元の病院でも失敗する事は珍しくないうえ、本来入院前にシャントの手入れをする予定だったことから結局うまくいかず、急遽首に一度抜いたカテーテルを埋め込む事となった。その場で。
直径数ミリ、長さ数センチの針を埋め込むのだが、局所麻酔を段階的に行い、縫いつけるとそこから遅れた分を取り戻すべく超特急の透析となった。
追加費用なしの大部屋を希望したのだけどまだ空きがなく、ちょっとしたホテルのような個室をあてがわれた。ベッドから一歩も降りられないのだが。
診断するお医者さんや看護士さんも一般病棟の人にバトンタッチ。スピードが要求される緊急病棟とは違い、丁寧なサービスを受ける事となった。
長い期間同じところに座りっぱなしだったため、床ずれとおむつかぶれのダブルパンチで、小さいながらお尻に傷ができていた。
また意識のない頃うつぶせだった時期もあったらしく、おちんちんの先にも潰瘍のようなものができ、知らぬ間に治りかけていた。
まあ使う相手もいないし、とか思っていたが、後日姉貴がアパートのクーラーを消したりゴミを処理するために訪れたと知り、えっちな抱き枕を見られただろうと思い至るなど、
モチーフはちょっとアレだけど、長年孤独や不安と寄り添ってくれた、いわゆる俺の嫁なので、できればそっとしておいてほしい。
それはともかく、そういった細かいチェックを受けたりした。
オムツは自腹になるのだが、ベッドに拘束されない恩恵として、頼めば(そして間に合えば)、差し込み式便器が用意されそこで用を足すことができるようになった。
尊厳!しかしオムツは結局毎日交換する!
細い一本のライン
そのまま土日を迎えたので特にすることもなく、自主的なリハビリを行うなどした。 ベッドが変わり一般的なリクライニング式になったこと、それを自分で操作できるようになったことで、ある程度上半身を起こしてから体を引き起こし、ベッドの上にあぐらをかいて座る方法を思いついたりした。これでお尻に負担をかけずに座れる。
そして座っている訓練。テーブルに枕を置いて首を休めつつ、上半身に力をつけていく。
寝る前には睡眠薬が支給されたのだが、胸の動悸を自覚して目が覚めてしまうことも少なくなかった。
コロナの主な症状は肺炎であり、そのダメージがまだ残っており肺機能が低下し、さらに土日は透析がないぶん肺に水もたまっておりこの分脈拍が上がっているのだと説明を受けるが、寝られない時は寝なくていいと判断し、睡眠薬はやめてもらう事にした。
翌日、透析の合間に処置を行い、酸素吸入をチューブからマスクに切り替える。穴はまだ開いているが、手で塞げば声が出るようになった。
まだベッドから離れる事はできないが、やはりどうしても家族や会社、友人に連絡を取りたかったしここまで感じたこと思った事をまとめたくて、看護士さんに無理を言ってスマホを探してもらう事に。バッテリーがもうなかったがモバイルバッテリーと充電ケーブルは見つかったので、それでなんとか起動することができた。
声はようやく出る程度なのでLINEでてきる家族と友人に生存報告。後に夜勤の看護士さんにもお願いして、モバイルバッテリーに充電する赤いケーブルを探してもらった。これと入院直前に買った充電器で、スマホにも充電できるようになった。
プルプル震えながら会社に電話できるようになるまで
寝る姿勢を変えるなどして結構よく眠れた翌朝、四人部屋が空いたので移動すると決まった。
朝食後、仕事明けの時間を待って会社とバイト先に電話して生存報告。直接口座に振り込まないといけないカード会社にも一報を入れる。
マスコミはいつも不安を煽って、とはよく言われるし個人的にもそうは思うが、「コロナで入院し、集中治療室を出た」で話が通じるのはありがたいことだ。
そして四人部屋に移動。しかし個室にはあったwifiがない!せっかくYoutube見放題と思っていたのに!
(8/26追記:現在は喉を二段階に分けて縫い付け、残った穴も二週間ほどで塞がる見通しとのこと。
まだ立つのも困難で車椅子に乗るのも一苦労で、酸素吸入も手放せないので、一人でトイレに行けるようになるのはまだまだ先のようです。
シャントの手入れを行い腕から透析できるようになれば、カテーテルも外せるようになる。そうしたら時期を見て、地元の病院に転院して、透析を行いつつリハビリを続けていく、という見通しのようです)
おわりに
一応ここまで。あとは透析を行いつつ肺機能を見ながらリハビリ、になると思うが、退院までにはまだまだかかるだろうと思われる。
人は誰でも一冊の本が書ける、とはよく言われるが、結果こうして自分を切り売りするのは忸怩たる思いがあったりする。
だけどまとまった文章を上げられるのが、なろうとカクヨムしか知らないので。
ここには書いていない不安などもあり、それを振り払うべくこうして書いてきたわけだけど、あとは書きかけの、自分以外の本を書いていきたい。
なので急遽フォローしても、あとはラノベみたいなのが流れて来るだけだと、いもしない新規読者に言ってみるなど。
一人でトイレに行けなくなった中年男性がプルプル震えながら会社に電話できるようになるまで 原田 塩鳥 @Dropmeet
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