後編「シルバーモンスター大暴れ」

「何だよ?二人共。俺が買いたいのはな、、」


「ポテトサラダ良いですよ~。使っているじゃがいもは北海道産男爵いもなんです」


「新発売の昭和なつかしシリーズ、もつ煮込みは如何ですか?なんでも、昭和のガード下居酒屋の味完全再現、だそうです」


「かあちゃんの台所シリーズの卵焼きもオススメですよ」


「下町キッチン・グリル村上監修のロールキャベツも・・」




「うるさいなあ、俺が買いたいのはひじき煮なんだよっ!」


二人の抵抗むなしく、その言葉と共に僕と店長は左右に力強くどかされた。石山さんの視線が、「ひじき煮 税込137円」と書かれた値札と、その奥の何も無い棚に無残にも落ちる。


「おい、ここにいつも有るひじき煮はどうした!?」


声より少し遅れて、石山さんの指が棚を指す。


「大変申し訳ございません、石山様。実は今切らしておりまして・・」


8月31日の子供達よりもずっとメランコリーな表情を湛えた店長が蚊の鳴くような声で答える。石山さんのわざとらしい舌打ちがマグマ噴火のカウントダウンを刻んでいた。


「は!?ふざんけんなよ!俺が来る度に、いつもひじき煮は有っただろうがよ!」


入れ歯が外れそうな勢いで唾を飛ばしながら石山さんの咆哮が炸裂する。この状況では店内で流れている最新のヒットチャート上位の曲も存在感があまりに希薄だ。


「それが石山様がいらっしゃるほんの少し前に買われた方がいらっしゃいまして・・」


「は!?どこのどいつだ。俺の楽しみを奪いやがって、そいつブッ殺してやろうかッ!白いごはんにひ・じ・きは定番だろうがよ!なんでそれが無いんだこのヤロウ!」


ひじきを買っていったのは石山さんと親交のある松田のおばあさんである事を、彼は知らない。一瞬、おばあさんの家まで行って頭を下げてひじきを返してもらおうかとも考えたが、それはそれで相当手間がかかる。


「大体俺が来る時間帯を見越してひじきを用意するのが当たり前だろうが、おいッ!」


石山さんが店長の胸倉を掴む。これは大変だ・・・!


「やめてください!店長が悪いのではなく、伝達が遅れた僕の責任です!」


「店長の教育が余りに悪いんじゃないのかね?ったくどいつもこいつも最近の連中は、ろくな連中がいやしねえ。俺が若かった頃はもっとマトモだったぞ。おい、お前ら、そこへ並んで土下座しろ!土下座!」


僕と店長は渋々並んで頭を下げながら土下座の態勢になる。さっき掃除したばかりの床の艶が目にしみる。


「この度は大変申し訳御座いませんでした石山様、と誠意を込めてゆっくり謝罪しろよ。そうしなけれ・・」


途中で石山さんの声が途切れる。見つめる床に僅かに粉状のものが散らばってくる。それと同時にドタッ、という大きな音が響き、頭を上げると気絶したかのように床に倒れる石山さんと立ち昇る紫色の煙、同じ色の謎の粉を持ったミンさんがそこに立っていた。


「店長、竹山さん、大丈夫でしたカ?」






石山は霧のかかった長い灰色のトンネルを歩いていた。するとトンネルの先から少しずつ何者かの足音が近づいてきて、やがて姿を現した。それは顔はむくみ多くの皺が刻まれ、白髪が多い石山とは対照的な、皺一つ無い精悍な顔立ちの黒髪の若者だった。その若者はかなり昔幾度となく見掛けた事が有る男に感じた。石山は先制攻撃と言わんばかりに質問を若者に投げかける。


「おい、お前一体誰なんだよ?」


「僕はただの青年ですよ。見れば分かるでしょう」


適度に澄んだ声が石山に向かって放たれる。


「名を名乗れと言ってるんだ。それが大人に対する礼儀だろ!ったく近頃の若者はどうしようもないな」


「名乗る必要は有りません。特にあんたのような人間には」


「それってどういう意味だ!?俺を馬鹿にしているのか!」


「馬鹿にされても仕方ないですよ、あんたのような老人は。まるで自分が世界の中心であるかのように振る舞い人に迷惑をかけ、自分の非を認めずくだらない事で怒鳴り散らす。実際は臆病で寂しがりやで気が小さいのに、そんな自分を悟られない為に虚勢を張る。とっくに社会のお荷物と化して周りからは嫌われ孤立し、過去の栄光にすがり無駄に高いプライドを持ちそれも捨てられず、自分よりずっと社会で認められ必要とされている人を見下して悦に入る哀れな人間なんですよ、あんたは」


「うるさい、このガキ!」


石山の拳が若者の顔に向かうが、若者は楽々とそれをかわし、バランスを崩した石山は地面に向かって大きく倒れた。若者は石山に手を差し伸べながらこう言った。


「僕は常に謙虚な気持ちを抱き、どんな人間も出来るだけ平等に接し、敬意を払うのが人間の基本だと思っています。そして年をとり、どれだけ地位が高くなってもそれを変えるつもりはありません。しかしあんたのような老人を見ていると、いつか自分もあんたのようになってしまうのでは、と心配してしまいます。何故人間は変わってしまうのでしょうか。あんただって若い頃は、僕のように面倒な老人をあんな風になりたくないと軽蔑し、それを反面教師にしていたのではなかったのでしょうか」


若者の目は、かすかに潤んでいた。石山は憤りつつも、何も言い返せなくなった自分に気付いた。


「僕はもうすぐあんたの前からは消えます。このまま霧のトンネルを真っ直ぐ突き進めば大丈夫。やがて僕の正体も分かるでしょう。」


若者はそう言うと、そのまま霧の中へ消えていった。石山は何故か得体の知れない不思議な、悲しい気分に襲われ、若者に何かを言おうとしたが遅かった。そして仕方なく再びトンネルの中を歩き続けた・・。






石山さんが目を覚ました。目をぱちくりさせながらゆっくりと起き上がり、僕と店長とミンさんで背中を支えながら石山さんの服にかかった粉を払い落とす。


「大丈夫でしたか!?少し気絶していたみたいですが」


「・・・・・・・。あ、ああ、大丈夫。ありがとう」


石山さんは何故か急に落ち着きを取り戻し、そう言ってゆっくりと出口へと歩き出した。そして自動ドアが開くと同時にこちらに向かって振り返り、頭を下げてこう言った。


「今まで色々迷惑掛けて申し訳なかったね、本当に。ごめんなさい。ひじき、また今度有る時に買いにくるよ」


「ありがとうございました!」


僕らは少しだけ戸惑いお互いをちらちら見ながら、声を揃えてお辞儀しながらそう言った。直後に大きなため息が見事なタイミングで揃い、無駄に強張った表情が大きく崩れた。


「いや~ミンさんグッジョブ!本当助かったよ」


「とんでもないことでございまス」


「あれは一体何だったの?」


「私の生まれ故郷の島に、古くから伝わる粉末のお香みたいなのが有っテ、それを頭上にふりかけるト眠気に襲われ、過去の自分と夢の中で対話が出来るんです。自分を顧みる時に役に立つの」


「へ~面白い、じゃあ石山さんは若い頃の自分に逢ったのかな」


「そうだと思いまス」


すると店長がある事を思い出して言った。


「そういえばミン君、駅前店に電話して持ってくるようにと言ったひじきは?」


そのタイミングで入店音が鳴り響き、息を切らして駅前店の店員がやってきた。


「遅れてすみません、「おはじき」セット、何個か持ってきました!」




数日後、石山さんがお店にやってきた。三人で今回は本当の意味で快く彼を迎えた。


「石山さん、ひじき煮ちゃんと有りますよ!」


僕が早速話し掛ける。


「いやいや、ひじき煮も買うけどさ、今まで散々迷惑を掛けたのでお詫びとしてお土産を買ってきたんだよ」


石山さんは紙袋から、立派な箱を取り出す。


「これをね、竹山君ミン君店長、皆で良かったら食べてもらいたいんだよ」


「気にナル。気にナル。今見ても良いですカ?」


「ああ、構わないよ」


箱を開けると、数十個程の瓶に何か黒いものが詰められていた。それをよく見ると・・イナゴの佃煮だ!


「一見どうかと思うけど、食べると美味しいんだよ、これ」


石山さんが笑顔で勧める。


「ちょっとこれは・・・店長食べます?」


「今在庫チェックで忙しいから、後でね」


明らかに急な用事を思い出したようなわざとらしい雰囲気が、店長からは漂っている。


「で、ミンさんはこういうのは・・」


ミンさんの方を振り向くと既に瓶の蓋を開け、素手で佃煮を試食する彼の姿が有った。


「石山さんのこれ、試食したけど美味しいヨ。これが日本の伝統料理ですカ。竹山サンも食べる?」


そう言いながら、ミンさんは赤茶色の佃煮を僕の目の前に差し出す。


「勘弁してくれよお~!」


店内は笑い声で満たされた。




協力:畠山隼一

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シルバーモンスター、コンビニを襲撃す! コウキシャウト @Koukishout

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