シルバーモンスター、コンビニを襲撃す!

コウキシャウト

前編「シルバーモンスターがやってきた」

駅から少し離れていて住宅地寄りのこのコンビニにとっては、15時から17時辺りにかけてはお客さんが少ない、いわばちょっとした空白の時間でもある。今日も店長の笹川さんと僕竹山、そして東南アジアからの留学生である青年・ミンさんと、ある程度落ち着いた時間を世間話をしながら共有していた。あの人が来るまでは・・。


「ミンさん、日本は多少慣れましたか?」


「ハイ、まだまだ分からない事多いですが、日本の皆さんは優しくて礼儀正しくて嬉しいです。料理も美味しいシ」


「店長、今度ミンさんに御馳走しましょうよ。毎回売れ残りの寿司ばっか食べさせるのもアレですし。僕も食べてますけど」


「う~んそうだね。でも、ここのコンビニの寿司も結構美味しいだろ?にぎり寿司の盛り合わせとか、いなりとかさ」


「ハイ、有難いです」


「まあでも、やっぱりちゃんとしたお店の寿司を食べさせてあげるべきですよ」


「寿司じゃなくても、ファミレスでもいいヨ。ジェニーズとか、ジョモサンとか、ゲストとか、マーイヤンとか」


そんな他愛のない会話を繰り広げる中、入口の窓の向こうからある男の姿が少しずつ大きく、鮮明に映ってきた。


「店長、あの人が来ましたよ!」


「お、そうか。いつもの在庫はちゃんと有るよね?」


僕とミンさんはすぐさま惣菜コーナーに駆け寄り、SF物における宇宙船の司令塔にいる船員が、あらゆる画面を見て船の状態を確認するがの如く、ある商品をチェックする。そして、一瞬目を疑った。思考よりも先に言葉がパッと浮かび、声になる。


「店長、ひじき煮が有りません!すぐ補充お願いします!」


税込み価格で約137円のひじき煮。これが今店に近づきつつある男が毎回買い求める商品なのだ。


「なに~?ひじきが無い?確か数十分前までは幾つか有ったはずじゃ」


「そうだ、松田のおばあさんが珍しく何個か買って行ったんですよ。きゅうりの漬物とかと一緒に。多分それで品切れになったのかも・・」


「何でそれ早く言ってくれないの~?もう在庫無いよ!」


店長の一言で、僕らの世界、つまり店内は早送り状態になる。


「松田のグランマザ来た時、店長お腹痛いってトイレ行ったかラ、竹山さんと僕言うタイミング逃がしタです」


「仕方ない、ミン君、ここに一番近い駅前店にひじき煮無いかって電話して!そして在庫有ったらすぐ持ってくるようにと伝えて!」


「分かりましタ」


「とりあえず竹山君、私となんとか対応してその場をやり過ごそう」


はい、と僕は返事したものの、昼間の忙しい時間帯が天国と思える程に、頭は完全にパニック状態だった。そして無慈悲な自動ドアが彼を迎え入れ、靴がマットに触れたと同時に、おそらくこれからの展開と対照的で爽やかな入店音が店内に鳴り響いた。これは戦いがスタートした事を知らせる音だ。僕と店長はすぐさま入口付近に駆け寄り、互いに向き合う形であの人を迎える。


「石山様、いらっしゃいませ!」


「おう、今日は店員少ないな」


そっけなくも無駄に張りのある大きな声で、老人は我々の「歓迎」の言葉に対しての返事をする。


そのゴツ、ゴツという重い靴の音は、その威厳のある雰囲気にマッチしていた。そして深々とお辞儀をする我々の間をのっそのっそと通り抜けるこの年配男性こそ、ほぼ毎日この店舗に訪れ、我々を苦しめているご近所に住むおそらく80を超えている石山新次郎さん、僕らゼブン・サンチョウメテン内の店員が共有するコードネームはシルバーモンスターである。ポロシャツにスラックスというコーディネートは一見爽やかそうにも見えるが、顔に描かれる表情も読み取ればどことなく面倒臭さが漂う人物だという事は、彼を見た幼稚園児でさえ、はっきりと悟るだろう。


石山さんは言わずもがな店舗内でも近所でも「有名人」であり、戦前生まれの割に身長は高く、その風貌や名前、あまつさえ破天荒な言動・行動はかつての都知事に似ている。杖を使わず、かなりの頻度でこの店に来ている事を考えれば、足腰や筋肉は丈夫で、少し前も店舗前でたむろしていた非行少年達にパンクバンドあるいはゴスペルの説教師顔負けの轟音、つまり「邪魔だクソガキ、このヤロウ!」というシャウトをぶちかまし、彼らをビビらせ見事退散させていった経歴さえ持っている(これは店舗にとっては有難い話ではあるのだが)。ほぼ同世代で昔から石山さんと親交のある松田のおばあさんによれば、かつてある企業の社長を務めた事もあるらしく、数年前奥さんに先立たれて以前より更に「エネルギッシュ」になったそうだ。


石山さんは乱暴にかごを取り、左側に生活用品、右側に雑誌が並ぶ通路に向かう。さて、今僕らがやらなければならない任務とは、石山さんが惣菜コーナーのひじきに注目しないようにお茶を濁す。またはミンさんの電話によって駅前店の店員がひじき煮を持ってくるまで時間稼ぎをするという事だ。店長と僕は石山さんを囲むようにして一緒に歩き、早速自分よりはるかに石山さんに慣れている店長が、積極的に話し掛ける。


「石山さん、今日も暑いですね~。新発売のこの汗拭きシートとか如何ですか?拭くだけですぐ南極気分、と書かれていますし爽快ですよ」


「あぁ?なんでわざわざ南極なんだよ。大体今の季節この格好で南極つったって凍死するだろうがよ」


「はい、左様でございます・・。では、このスプレータイプの制汗剤は?」


「なんだそれ、制汗とか言ってるけどよ、防犯のあれ、なんだっけ?催涙スプレーってやつじゃないのか?あれか、俺を老害扱いか、まだ俺そんな年とっちゃいねーぞ」


「決して防犯グッズという類のものではありませんし、まだまだお若いですよ」


一応僕もフォローする。その間に今度は店長、すかさず雑誌を手に取り石山さんの前にそれを掲げる。


「では、今日発売のビジネス雑誌、エグゼクティブは如何でしょうか?今回の特集は・・」


そこまで言った所で、店長の顔が青ざめていく。今度はすかさず僕が両手で雑誌の表紙を隠し、適当な内容を即興で作り出す。


「えー今月号は先程読んだんですが、余り面白くない内容ですね。今から始める株入門、だのどうたらかんたらと」


「そりゃくだらないな。エグゼクティブも落ちぶれたもんだ。面白くないなら最初からそんなもの勧めるなっ」


店長が僕に「グッジョブ」と声は出さずに口だけを動かして言った。実際の表紙に大きく書かれていたのは


<~老害と呼ばれないために~今から始める認知症対策> だった。


店長に変わり、自分も棚から高齢者が好みそうな週刊誌を適当に取る。


「同じく今日発売の週刊群衆はオススメですよ。往年の女優・白河菊代という方の約40年ぶりのグラビア収録だそうです」


「あ~そんな女も居たな~。だけどもう皺だらけのババアだろ?そんな身の程知らずのババアの写真を喜んで見る奴がこの世に居るのが信じられんな。単なる大年増の厚化粧女だろうがよ。そいつらの目も感性も腐ってんのかッ!」


石山さんも似たようなものでは・・というツッコミは心の中で瞬殺し、店長と僕は、少し石山さんの言葉に納得しつつ笑いをこらえていた。その時、石山さんがおもむろにこう言った。


「あれ、そういえば俺何買いに来たんだっけな?食べ物だったような」


この言葉は、安心にも、危険にも捉えることが出来た。このまま忘れてくれればひじき煮の在庫切れにも気付かないはず。しかし思い出してしまえば大変な事が起きそうだからだ。レジの奥で電話しながら目の前に相手がいないのにペコペコ頭を下げるという、日本人の奇癖まで覚えたミンさんは、まだこちらに来そうにない。


「ごはんって、いわゆる米の事だったんじゃないんですか?イトウのごはんならわざわざ米炊く必要ないですし、5食パック如何です?」店長が提案する。続いて僕も言葉を添える。


「そうそう、これだけサッと買って家にあるおかずと一緒に食べれば・・」




あ、しまった。




「そうだ、おかずだ!今家に無くて俺が買いたいのはアレだった!お前ら分かってるな~」




僕は墓穴を掘ってしまった。時間稼ぎの為に何か言わなくてはいけない、という意識は余計な一言という、この空間においては自殺兵器とも言える怪物を作り出してしまったのだ。ドカドカと惣菜コーナーへ早歩きで向かう石山さんの後を店長と共に追いかけながら、僕は深海の軟体生物の如く脱力している店長に向かい、手を合わせ何度も小声で「すみません、すみません」と繰り返した。だが、まだ戦いは終わっちゃいない。店長の背中を叩きつつ、僕らは売切れのひじきの棚が見えないよう、二人で立ち塞がった。

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