第2話 竪琴の少年

「昔、昔、大昔。竪琴弾きの少年と言葉を話せぬ妖精が出会ったんだとさ。深い深い隠樹の森の、光さす泉で。」

石畳の交差路のちょっとした広場で、髭面の紙芝居師が子供を集めて声高らかに伝説を語り出す。

子供たちは親からせびったなけなしの小遣いを手に握りしめ、目を輝かせ聞いていた。人の往来、馬車の移動、出店の客引き。怪しさと真実味の合わさった紙芝居師の話を、喧騒を気にせず、目を輝かせて楽しみを享受するのだ。水路の側に植えられた、白の花が笑っている。


「竪琴の名手にして、詩吟に秀でた少年の名は、オルカ。この世界の加護を受けた天賦の才は、森の動物たちや野獣、魂を持たぬ草木や岩石だって魅了した。いつものように動物たちが集まって泉で演奏していたら、妖精が木の影からじっと見ていた。みんなは誰だかわかるよな?そう、妖精さんだ。妖精の名は、エリーゼ。オルカとエリーゼは時とともに少しずつ少しずつ時をともに過ごすようになっていった。オルは言葉を音を風に乗せて詩をエリーゼへ運び、エリーゼは美しさと安らぎをオルに与えた。まあ、言ってしまえばオルカとエリーゼは恋の魔法にかかっていんだ。」


ここまできて、子供達の顔は安らかだ。


「間違いなくそうだ。だがね、幸せな時間はエリゼの花より儚かったんだ。」


もう何度も同じ話を聞いているだろうから、子供達の顔は悲しげになってくる。


「オルカのおばあさんは、オルカの竪琴と詩吟の才を使って都で一儲けしようとしていた。オルカがエリーゼのことでうつつを抜かして一向に森から離れないことに痺れを切らしたようだ。心の綺麗なエリーゼは毒の果実を怪しまず、食べた。言葉のない妖精は、助けも呼べずそのまま死んでしまった。でも、オルカは、何日もエリーゼが現れない。悲しみの歌を歌い続けた。森は深く暗くなり、泉の水は枯れていった。泉で暮らしていた、カエルたちは激怒した。エリーゼは泉の精霊だったのだ。カエルたちはエリーゼを母のように大切にし、愛していた。オルカは、カエルたちから、オルカのおばあさんを殺すように迫られた。オルカは、エリーゼのため家族を殺すことはできない、けれどもカエルたちの気持ちも痛いほどわかっていた。」


子供たちのも悲しみの感情が深くなる。髭面の悲しげな表情も強くなる。


「オルカは考えた。もし、エリーゼを蘇らせることができればいいのではないのか。オルは、竪琴と詩の力を使って旅をした。行く先々で、動植物や人々、精霊が力を貸してくれた。そして、この世で最も賢い生き物、龍に会った。風の龍だった。オルカは問うた。どうしたらエリーゼを蘇らせられるか。風の龍は答えた。死者の世界へ連れて行く、そしてエリーゼを連れ出すのだ。ただし、死者の世界を出るまでの長い長い道で決して決して振り返ってエリーゼの顔を見てはいけないと。」


子供たちの顔に明るさは戻らない、その結末をよく知っているからか。


「決して言葉を話さないエリーゼが、ついてきているか何度も不安になって振り返りそうになった。しばらく会っていないエリーゼがどんな風になっているか気になった。愛しいエリーゼの姿が心に浮かんだ。心の中で風龍の言葉を反芻した。死者の世界出口の明かりが見えてきた。しかし、オルカはもう少しというところで振り向いてしまったんだ。泣いて遠ざかっていくエリーゼ、悲しい顔をしたエリーゼをオルカは必死に追いかけた。転んで自慢の竪琴も砕けてしまった。歪な音が響いた。その破片でオルカは自ら命をたった。」


泣いてしまった子供もいる。だが、物語は終わらない。


「風龍はオルカの亡骸を、壊れた竪琴の調べと詩を、風に乗せ弔った。そして、オルカのおばあさんとカエルたちに、約束させた。手を取り合い、穏やかな風が吹く平原と陽樹の地に国を作れと。オルカの竪琴があらゆる生き物の絆となったように、エリーゼの笑みと優しさが、泉のような安らぎとなったように平和な国を作るようにと、これが長い長い歴史を持ったウィルド王国の始まりになったのだ。」


水車が運ぶ綺麗な水の側で咲く白い花は水滴をその花弁から零した。陽光が射す。






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この世界の端を見に行こうか takenoko3 @ReExBeIm

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