最凶メイド軍団の描写

 陰鬱な雨がどす黒い街を濡らしていた。

 排気ガスと埃を吸った雨粒が地面に薄汚い染みを作っている。

 仕事じゃなかったら、こんな日に出歩くことはない。


 僕とシトラは連れ立って薄暗い路地を歩いていた。

 非合法の仕事に手を染めて金を稼いだドブネズミどもの巣、もとい、乱立する高層ビルの谷間、あらゆるゴミの集積地だ。

 ここを根城にするある男に会いに行くのが仕事。やり甲斐はなくとも、生活を維持するためにはやらなくちゃならない。

 立ち入り禁止のテープを踏みつけながら、僕たちは闇の渦巻く奥へと歩を進めた。


「侵入者だ!」


 こちらを認識した守衛たちが叫ぶや否や、一斉に銃口を向けられる。

 彼らは躊躇いなく発砲した。突撃銃アサルトライフルによる掃射、無数の破裂音。

 僕は反射的に物陰に身を隠したが、シトラは矢のように飛び出した。

 弾道を認識しているかのように身を捻り、細かいステップで右へ左へと躱しながら、一人の守衛に肉薄する。

 不自然な体勢でナイフを抜くのと頬を弾丸が掠めるのは同時だった。

 蛇のように素早く正確な動きで、装甲ボディアーマーとヘルメットの間――柔らな衣類に覆われた首にナイフを突き立てる。

 

「ひとォり♡」


 飛び込んだシトラの肘が守衛の腹にめり込み、押し出された空気が血と混ざってボゴボゴと泡立つ音を立てる。

 シトラは口の端を歪めて獰猛な笑みを浮かべると、力の抜けた守衛の肉体を担ぎ上げて盾代わりに、最も近くにいた別の守衛に突進した。

 華奢な少女とは思えない馬鹿力。

 面食らった守衛が半狂乱で乱射するが、亡骸が纏う装甲に阻まれ有効打を与えられず。勢いそのままに突き飛ばされた。


「ば、バケモノめ!」


 背後に回ったもう一人が、がら空きの彼女の背に銃弾を浴びせる。

 ”普通”のメイド服はあっけなく破られ、シトラの体を貫いた。だが。

 シトラは些かも動じない。

 ゆっくりと、己が不死性を見せつけるかのように守衛の方へ視線を向ける。一方の守衛は弾を撃ち尽くしたようで、引き金は虚しい音を立てるばかり。

 振り向き様、シトラは腕に唸りをつけて数十キロ超のボロ雑巾のような死体を片手で投げ飛ばした。守衛は避ける間もなく直撃し、倒れ伏す。

 勢いづいてくるくると舞うように回転しながら、起き上がり始めていたもう一人の守衛にナイフを投擲する。

 それは正確に装甲の薄いバイザーを――彼の頭蓋を貫いて、崩れ落ちた。


「ふたりィ♡」


 笑いながらシトラが呟いた。

 そして、跳躍。

 三度宙返りしながら、錐のよう鋭利なヒールで、死体の下敷きになっている守衛の頭部を砕かんと急降下する――。


「ストップ、シトラ」


 それを、僕が制止した。

 シトラは寸前で狙いを変え、守衛の右鎖骨に深々とヒールを突き立てる。

 くぐもったうめき声があたりに響いた。


「そいつから聞かなきゃいけないことがある。まだダメ」

「はァい、ご主人様」


「貴様ら、何者だ……!」

 荒い息を吐きながら、忌々し気に言う守衛。

 僕はそれに短く答える。

「仕事でね……運が悪かったな」


「さて、ダン・スティールワース……って名前に聞き覚えはあるか?」

 守衛の目に動揺が現れる。知っている反応だ。もちろんそこまで織り込み済みだ。

「君らがここを守ってるってことは、この上にヤツがいるんだな。シトラ」

「はァい」

 僕の合図を聞いて、シトラがもう片足を振り上げる。その踵にも、やはり鋭利なヒールが仕込まれていた。


「ま、待て!我々は何も知らされていない!ただ仕事で守っていただけだ!」

 守衛は途端に命乞いを始める。だが、応じるつもりは最初からなかった。

「まあ、お互い仕事をしてるだけってことで」

「た、たの——」


「さァんにん♡」



 引き抜いたナイフの血を拭いながら、シトラは不服そうな声を上げる。

 銃弾を受けたせいで端正な作りのジャケットに焦げた穴が開いている。その向こうに見える素肌には傷一つない。

 シトラが『不死身』である所以だった。

 

「ミアちゃんにまた怒られちゃいますねェ」

 そう呟きながら、いつものニヤケ面を浮かべている。

「途中まではいい感じだったけどな」

「ちょっとテンションがあがりすぎちゃいましたねェ」

「ま、それでうまくいったんだから僕としては言うことないよ」

「ありがとォございますご主人様」

 何気ない会話を交わしながら、僕は帰投後に烈火の如く怒るミアの様子を思い浮かべていた。

 僕たちの衣装を扱うミアは完璧主義に過ぎる欠点があって、ちょっとした汚れやほつれにも大騒ぎする。普段は細やかな気配りができるいい子なのだが。


「さて、急ぐとしようか。気付かれたら面倒だ」

 頭上の摩天楼を眺める。屋上にはおそらくヘリが用意されていて、その気になればいつでも出せるようになっているだろう。

 撃墜の手段が無いわけでもないが、あくまで最終手段だから使いたくはない。

「了ォ解です」


 そうして、橙色の灯りがちらつくビルに足を踏み入れた。

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