「いやぁ。まあほら、あの頃はさ、性欲がホントえげつないことになってたわけで」


 ミウラは笑う。照れ臭そうに、うっすら頬染めながら指先をもじもじ、まるで急に振られた下ネタに対処するみたいな調子で。

 嘘だろオイって思う。やめろ殺す気かとも感じる。その一語一語が私の胸の奥、大事な弱い部分をベコベコ穴だらけにするのがわかる。


 ——いや、だって、そんな「性欲」って。


 そんな一語であっさりと、でも過不足なく総括されてしまう私の初恋。

 ひどい話だ。だって他の誰でもないミウラの言うこと、私と同じ恋を共有した張本人が言うのだ。それは性欲だと。理性と自制心の焼き切れた動物の所業だと——いや「あと一歩で本当に壊れてたよねきっと」と、そういう物理的な話については弁解の余地もないけど。


「でもみややん、実際、あれから誰とも付き合ってないんでしょ? 


 それはミウラの言う通り。あれから何人かと付き合いはしたけど、確かに全員男性だった。

 女性のうち、私が性愛の対象として見ることができたのは、この世にひとりミウラしかいない。

 彼女が私の最初で最後の女で、それは思春期という特別な季節の、その生み出したゆらぎのようなもの。未分化で不安定な恋の迷い道は、でも過ちであるとは思わない。

 ただ、——少女同士の恋、それは「女同士の」とはまた違う、十代の頃にだけ許された不思議な時間。


 きっと女にはそういう独特の季節があるのだ、と、我が身を振り返ってそう思う。

 実感として硬く確信している。正直、漫画や映画の中だけの出来事かと思っていたけど、でも自分が「そう」なることもあるんだからいやー世の中わからんもんだね! と、今の今までそう信じてきた。なんの疑いもなくそう思ってきたし、なんなら飲み会の席なんかで一席ぶち上げたこともあるのに、でもそれと同じものを分かち合ってきたはずのミウラは、


「ええ〜っ? あんなに狂ったようにセックスばっかしてたのに?」


 とか言う。おいバカなんてこと言うんだやめろ、とも言えない。

 ——事実だ。確かに、してた。


 あの頃は、狂ったように、セックスを。時と場合を弁えもせず。

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