体が小さく、といって特に器用でもすばしっこくもなく、何ひとつ目立った特徴のない女。

 特に高校時代なんか本当にひどくて、無力感からくる空虚な焦りを拗らせまくった末に、ミステリアスな一匹狼キャラを気取っていたくらいだ。夏休みにわざわざ学校に来て、旧校舎の非常階段でギターとか弾いちゃうレベル。この乱雑で投げやりな言葉遣いだって、おおよそこの時期の後遺症みたいなものだ。


 親譲りのチビのやせっぽちのおかげで、ずっと見下されるばかりの人生だった。

 望んだのは強さだ。自分の弱さが嫌で嫌で、これ以上誰からも舐められたくないと思った。人に限らず、集団でも、概念でも。私という個を脅かすすべてに対して、勝てはせずとも正面から立ち向かえる、その強さを持つことも叶わない側の人間なのだと、その事実を認める勇気すらなかった。

 そんな弱虫が、腰抜けの根性なしの甘ったれが、でも私の欲しかったものをすべて持っている女に対して、やれセミ食うなだの枝はよせだのと、なんの権限があってそんな指図ができる?


 別に嫌いだったわけじゃない。ミウラが魅力的なのは本当で、でもどうしても嫌だった。本当は優秀で、誰よりも強く美しいはずの魔法みたいな女が、こんな私なんかにかまけて停滞したまま、静かにその異才を腐らせていくこと——。

 そこにしかし、どうしようもなく抱いてしまう、なにか薄暗い悦びのような感情が。

 どうか一生この泥沼に留まって、永久に花咲くことのありませんように、という願いが。

 彼女と相対する度に、否応なく浮き彫りにされる、私という人間の小ささが。


 そばにいればいるほど、そのための資格が私から失われていくのが。

 とにかく惨めで、無様で、耐えられなかった——。


 ただの自家中毒、というのはその通り。でも本音には違いないそれを、ようやくのこと。

 七年待って、さすがにそろそろ向き合えるようになったと——だったらいま清算しなくていつすんのよと、そう思ったからこそ連絡をとった。電話番号が変わってなくてよかった。でも何話そう七年ぶりだぞとビビる私に、でもミウラは何も臆することなく、

「久しぶりー! ねえねえどうせなら会おうよみややん大好き」

 なんて、まるであの頃のまま——ではなくむしろ昔の面影がなさすぎて「すみません番号間違えました」ってなった時点で、私は気づいて然るべきだったのだ。


 ——そんな都合のいい話はない、と。


 人生に疲れた無能の負け犬が、後付けの理屈を並べて自分の弱さに蓋をしながら、とっくに失ってしまった「楽しかったあの頃」に手を伸ばすとき。

 もう二度と戻らないからこそ美しいそれを、でもわずかにでも「もう一度」と願って、甘い認識でそこに立ち返ろうとする瞬間。


 そこに待ち受けているのはいつだって、その思い出にトドメを刺す現実なのだ。

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