——〝ごはんは魔法だ。何だって倒せる。きっと、どうにもならない未来だって〟。


 なんかあるたび思い詰めた顔でそんなことを呟く、そのミウラを何度「オイやめろお前」と叱りつけたことか。セミはごはんに入りませんと、人の消化器官には木の枝の分解能力はないからと、あの頃は一事が万事この調子だった。


 ——人の食っちゃいけないものをバリバリ食う癖。


 さすがに体が大きいだけあって、ミウラはそもそもの食事量が違う。量が違えばそれを消化する胃腸の強さも違って、つまり彼女は相当な健啖家だった。なんでも食べる。どんなものだって飲む。何を、どれだけ、どんな風に食おうと、決して腹を壊すということがない。


 だからって、どうしてわざわざ余計なものを食うのか?

 最初は、ストレスからくる過食みたいなものだと思った。例えば疲れが溜まると無性に甘いものが食べたくなるとか、それくらいは私も身に覚えがある。実際は違った。そんなものではなかった。どうやら因果が逆というか、それは彼女にとってはある種の確認行為——。


 それはある種の願掛け、あるいは「おまじない」のようなもの。

 いわゆる〝公正世界の誤謬〟に基づいた行動だ。


 小学校の頃、通知表の所見欄に書かれたという、「給食はなんでも残さずいっぱい食べます」の一文。

 それが彼女にとって原初の成功体験、そして世界の危機から自分を救うだ。だから魔法だ。ある種の聖句だ。〝なんでも〟〝残さず〟の実践だけが、彼女の自尊心のツボを押すことができる。


 普通は行わないような苦行を自らに課した分、それが〝成功〟になって返ってくるはずだ、という誤った信念。

 滅茶苦茶な錯誤で、あまりにも愚かで、でもどうしてそれを止められよう? そんなバカな行動で実際に、あらゆる困難を打ち倒してしまう異才の持ち主を相手に。


 結論から言えばそれは地力、ミウラ自身の元々の能力だ。

 彼女は賢く、誰にも負けない力まであって、でも周りが誰もそれに気づかないおかげか——いや、子供らしい視野の狭さで「下」に格付けしてしまうせいか、その実力をまったく自覚しないだけの女。


 自信の欠如。本当ならできるはずのことを、でも「自分には不可能」と思い込んでしまう弱気。

 食っちゃいけない何かをモリモリ食うのは、その枷を外すための精神的なスイッチ——つまり条件付けされた儀式以上のものではないのだ、と、ただ脇で「やめろバカ食うなウワァーッもうやめてくれェーッ!」と涙目でぐいぐい裾を引っ張り続けるだけの私に、どうしてそんなことが言えるだろう。


 ——何もない。

 私には。生まれたときから、何か人様に自慢できるような変わった能力なんて。

 ミウラと、違って。

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