③
「いやぁ〜、おっかないね! 十代の性欲って!」
たははー、とうっすら目を逸らしながら後頭部を掻く、それがいま現在のミウラの当時を振り返っての弁。
嘘だろオイって思った。なんてことを言うんだこの女は。〝性欲〟——そんな身も蓋もない正解ってある? と、その精一杯の抵抗がしかし言葉にならない。できない。だってどうしてそんな筋合いがある、今日までずっと彼女を放置してきた私に。
七年間の没交渉。別れてしばらくは向こうから連絡が来たけど、そこにまったく応答しなかったこと。
理由はまあいろいろとなくもないけど、でもいずれも私の人非人ぶりを上書きするほどのものではない。単純に、億劫だった。手の届く位置にあるものにパッと手を出すことはできても、遠くのものに対してはどうしても腰が重くなる性分。「あ〜確かにそういうとこあるよね、みややん」と、懐かしいその呼び名さえもがちくりと胸に痛い。
気取ったような響きがなんだか鼻について、だからなんでもいいからあだ名ちょうだい、と、その頼みに彼女は「みややん」と答えた。気に入った。妙に可愛らしくてありがちな響きが、この巨体から普通に発されたところが面白かった。
一方、私の方からはもう「ミウラ」で定着していて、これに関してはちょっと後悔がある。どうせこの先あんなことになるなら、もっと可愛い名前で呼んであげればよかった、と。
水卜弥生。いや、今は反町か。式はまだ挙げていないらしいけど、いずれにせよ私には関係ない。というか曲がりなりにも元恋人である以上、仮に呼ばれたとしても遠慮するのが筋ってものだ。
新婦友人席にしれっと元カノが混じる、そういうのが大丈夫なものなのか私は知らない。仮に向こうがよくても私がダメだ、未練——というのはさすがにもうなくとも、しかし七年間の冷却期間を必要とするような、そういうややこしいあれこれがあるのは事実なのだから。
にしても、あの怪奇セミ食い女がいまや立派な人妻ときた。立ち振る舞いにも気品や余裕のようなものを感じて、いやあ人間変われば変わるもんだねと感心する。
こんなじゃなかった。あの頃のミウラにはもっとこう、どこか社会の最下層をうぞうぞ這うような湿った卑屈さがあって、つまり自尊感情の低さで損ばかりしていた。訳あり商品だ。でなきゃこんな何でもできる反則みたいな女が、私なんかのところまで回ってくるはずもない。
私とは違う。ミウラは昔からとんでもない女で、欲しいものは何でも手に入れられるはずの人生だった。ただ一点、それを自分がまったく信じておらず、そのせいで時折——いや結構な頻度で、とても信じられないような奇行に走る点を除けば。
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