むっつめ
「ねえ、私が死んだらさ、私の肉を食べてくれない?」
そう突然声をかけてきた相棒に、思わず首を傾げる。
「なぜ……?」
「いや普通に謎だよね、そりゃ」
突然だったか〜なんて手を額に当てる彼女に、少しだけイラッとしながら、「で、どうしたの?」と返答を催促する。
「いや、ね。普通に食べてほしくて」
「えっと、「私をあなたの一部にして欲しくて」」
私が言おうとした言葉を遮るようにして口にした彼女に、また首を傾げる。そして思ったことを口にした。
「そんな猟奇的な性癖あったっけ」
「こっちは真面目な話してるのにさ〜!! なんでそんなこと言うかな〜!!」
こっちも至って真面目にそう口にしたが、そんな抗議が通る訳ない。彼女はもう〜なんて、口を尖らせながら、ふっと、小さく微笑んだ。
「そんな性癖は持っていないんだけれど……でもある意味性癖なのかな……?」
少しだけ悩んだように瞼を下げた彼女は思案するように唸りながら、そしてふとこう口にした。
「ただ単純に、あなたに私のことを忘れてほしくなくて」
儚く見えるその表情に、何か打たれた気がして。ただそこがどこかはわからなかった。果たして心なのか、もしくは胸なのか。どこかが何もわからなかった。
「覚えていて欲しいから。だから、私が死んだら食べて」
その言葉に、同意できるはずがなかった。だから代わりに口にする。
「覚えているよ」
彼女にしっかりと届くように、一つ一つ、確かに言葉を口にして。
「あなたが死んでも、例え世界のどんな人があなたのことを忘れても。私だけは、あなたのことを覚えているよ」
そうして安心させるように。にっこりと笑った。
「だから、安心して。あなたを食べなくても、私は覚えているから」
その言葉に、彼女は面食らったようにポカンと口を開ける。その姿に私は吹き出すように笑ってしまった。
「な、なんで笑うのよ〜〜!!!」
「ちょっと、なんだか面白くて」
「もう〜〜!!」
ポカポカと、手をグーにして私に殴りつける彼女に、少しだけ抗議の意を示す。彼女の力は弱かったから、そんなに強くは言わなかったけれど。
「……でも、ありがとね」
殴りつけていた手を止めて、彼女はふとそんな言葉を漏らした。彼女に対して首を傾げる。
その意図を正しく取っただろう。それでも彼女は、その言葉の意味を伝えることはなく、そのまま流すように今回の任務の話を始めていた。
そのまま私も流れるように、彼女と任務の話をする。
日常なんて、唐突に終わるくらいには危険な任務ばかりだった。だからいずれ私が相棒、どちらかか、もしくは二人とも死ぬかもしれないことなんてわかっている。
それでも、例え相棒が死んでも、相棒の肉を食べる予定なんてなかった。そんなことをすれば罰当たりだし、第一、大事な相棒を口にするなんて、そんな冒涜的なこと、したくなかった。
その代わり、ずっと覚えているから。相棒にそんな言葉が届くはずもないのに、そんな言葉を心に思う。
だからさ、相棒。安心して。私はずっと、あなたが嫌な思い出も、あなたが楽しいと思っていた思い出も。全て頭の中に記憶しているから。だから安心して眠りなさい。
私の相棒への気持ちは生半可なものじゃない。それをわからせてやるから。
何気ない日常 市之瀬 春夏 @1tinose_
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