優しい君と旅をしよう

「庇ってくれたんだろ、サクは」

怒って泣いて叫んで言葉もなくなった僕に向けてマツリちゃんはようやく話し出した。それはとても優しい声色で、また涙が溢れる。

「じゃないとお前がいじめに巻き込まれるの、おかしいよな」

そうだ。僕は昨日までずっとマツリちゃんのいじめを見て見ぬふりをしてきた。巻き込まれるのが怖かった。幼なじみより自分の安全を取った。それで中学三年間、やり過ごすつもりだった。

でも、昨日たまたま見てしまった。いじめをやってるバカなクラスメイトがマツリちゃんの机に花瓶を置くのを。やめろよ、とか言ったと思う。あの時は頭に血が上っていて何を言ったか正直覚えてない。でも、いじめっ子たちと言い合いになって、最後にリーダーが僕にこう言ったのは覚えている。

『じゃあ次お前な』

有言実行。奴らは言った通り、僕の机に花瓶を置いた。僕はいじめられっ子になったのだ。この花瓶は単なるはじまりでこれからマツリちゃんがやられた様な陰湿な嫌がらせが待ってるんだろうなぁと思った。

なのにマツリちゃんが怒るから。今まで大人しくしてたのは嘘みたいに大暴れして僕を学校の外に連れてってくれて旅だなんて言って連れてきた景色のいい場所で白百合を蒼空に放ってくれた。全部僕のためだ。マツリちゃんは今まで一度も自分のために怒らなかったのに僕がちょっといじめられたくらいでここまでやってくれたのだ。


「…マツリちゃんは花が好きでしょう?」

小さい頃からマツリちゃんは男らしかったけど、花が大好きで見ると嬉しそうにしていたのは覚えてる。女の子の格好は嫌いなのに僕が作った花冠は笑顔で受け取ってくれた。

あの時、マツリちゃんの机に置かれた花瓶を見た時、大好きな花を自分をいじめるために使われたら悲しむんじゃないか。そう思ったら体が動いていた。もっと早くそうするべきだったのに。

だから、僕のために怒る必要なんてなかったんだよマツリちゃん。

「覚えててくれたんだな。嬉しい」

マツリちゃんは笑った。優しい優しい笑顔だった。

「サク、お前は優しいな。そんな優しいお前だからお前の机に置いてある花瓶が許せなかった」

「そんなので怒るなよ…もっと怒るべきタイミングがあっただろ」

「俺にとってあれ以外に怒るタイミングなんてなかった。サク、どれだけ心が離れていてもどれだけ言葉を交わさなかったとしても俺たちは幼なじみで親友だろ?お前が怒ってくれた様に、俺もお前が悲しむ時に怒るのは当たり前じゃないか」

でも、そうだなとマツリちゃんは微笑む。

「お前が怒ってくれたんだから俺も俺のために怒ろうと思う…まずはうちのババアからだな!待ってろ、男もんの制服着れるようにバトルしてくるから」

「…ははっ、うん。そうして」

僕は安心してその場に座り込んだ。今まで体の中に溜め込んだ黒い澱みを全部吐き出したような清々しい気持ちだった。

そんな僕にマツリちゃんが呆れたように声をかける。

「てかお前もお前のために怒れよ。今日お前が言ったこと、ほとんどブーメランだったぞ」

「えー?そうかなぁ」

「そうだろ…ほら、そろそろ帰るか」

「うん、帰ろっか」

僕はマツリちゃんが差し出した手を取って立ち上がる。そのまま何となく握ったままにしておいた。そういえば、今日は手を繋いでばかりの日だ。何だか懐かしい。

帰った後のことを考えるとどうなるかなんてわかったもんじゃない。多分まずは怒られるだろう。

とりあえずまた花瓶が机に置いてあったら僕も机をひっくり返そうと思う。あと、マツリちゃんが男物の制服を着てきたら一緒に大喜びしよう。それでもって髪が短くなってたらまた一緒に旅をしよう。

優しい君ともう一度、僕は楽しい思い出を作りたい。


最後にもう一度蒼空を眺めて、僕らは手を繋いだまま山道を下る。

風に舞った白百合はもう何処にも見えなかった。

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白百合、蒼空に舞う 292ki @292ki

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