第58話 不揃いの事情たち
「はい、から揚げ。おじさんも好きでしょ?」
マイが寄せ鍋なんかに使うような大きさの木をくりぬいた器にから揚げを山盛りに持ってきてくれた。
俺たちは先日連帯勇者教がカニ鍋をふるまった南マーロンの広場に来ている。なんでこんなことになったのかというと俺たちとサファイアたちとの戦いにキンドラン政府が介入してきた。
その時、マーロン橋でいつの間にか現れたミケやイレーザとサファイアたちを殺そうとするサトミや犬族のものたちをなだめていた。不穏な空気を察したサファイアの仲間たちもゆっくりとだが俺たちを取り囲むような動きをみせ始めていた。
緊張が走る中、渋谷や新宿などの都心で見られるような大きなモニターのようなものが空中に浮かび上がり王の臣下が王の言葉を伝えた。ニュースを伝えるアナウンサーのようだった。
内容は南マーロンの広場で王の軍が討伐したティラドウを料理してふるまうから希望者は集まるように、ということだった。また、これ以上騒乱が続けば相手選ばず王の軍団が鎮圧するとのことだった。
ちなみに、俺を辱めた若造は橋の欄干のあたりで腰から真っ二つに折れたキルモンの側でひっくりかえって伸びていた。びしょ濡れの様子だ。その様子を見てやつのことなどどうでもよくなった。
どうやら俺の鞭がとらえたのは奴のキルモンらしい。推測だが、キルモンの足の裏に車輪がついていたのが奴の不幸の原因だ。不意をつかれて踏ん張りがきかずにそのまま引っ張られ石造りの頑丈そうな欄干に衝突し橋の外に投げ出された。
そんな奴を誰かが魔法を使って大量の水で押し返したようだ。俺がサトミの作ったウォータースライダーで助けられたように。
当たり前だが俺にとっては許しがたき男でもサファイアたちにとっては大切な仲間なのだろう。奴らも仲間が危険な目に遭って、一方的な蹂躙ではなく戦う意思を持った相手と対峙することがどれだけ危険か学んだようだ。
キンドラン政府の話を聞いて「上等だ、このまま国ごと盗ってやる」とさらに鼻息を荒くしたのはサトミだけだった。サトミについてきていた犬族の奴らもサファイアたちも戦意を喪失した。
犬族の奴らはうっぷんを晴らせればそれでよかったらしく、サファイアたちも魔力がいくら強力でも、戦闘のプロの集団にはかなわないことを身をもって知ったようだ。
それからミケが何か英語で叫んだ。サファイアはこくこくと、少年はそっぽを向いたが軽く手を挙げた。ミケを倒した大柄な女だけは腕組をして黙ってミケを見ていた。それを奴らの承諾の合図と見て俺たちはその場を離れることにした。
「なんて言ったんだ? 結構長くしゃべってたけど」
「ああ。えっとね、たとえ空飛ぶ鉄の大トンボを持ち込まれてもあたしたちは敗けにゃいし、相手が子供だからって「まだ子供じゃないか?」なんて言って攻撃を躊躇うほどあたしたちは優しくにゃいからねって、ね」
「なるへそ、納得」
ふと見るとサファイアのおつきの爺さんとイレーザがサトミを説得していた。サトミたちを攻め滅ぼしたのは真勇者教であり連帯勇者教ではないというイレーザの説明に納得をしたようだ。だがサトミはいくつか条件を出した。
サファイアたちに昨晩の無礼を謝罪させること、ミケと大柄な女を再戦をさせること、死んでしまった馬の代わりを用意すること、怪我をした犬族の治療と仕事の斡旋を連帯勇者教が責任を持って行うこと、という条件だ。
サファイアお付きの爺さんとイレーザはその条件を飲んだ。苦渋の決断、断腸の思いという表情の爺さんに対してイレーザの顔つきは晴れやかだった。
一瞬でもサトミたちの自作自演を疑った自分が恥ずかしくなった。なんとなくサトミたちを避けて日本語が通じる犬族の若い男に昨晩からのサトミたちの行動を教えてもらいながら広場までやってきたというわけだった。
その中で気になっていたことが聞けた。そいつも子供のころ親から聞いた程度という話なので鵜呑みにはしないほうがいいと思うがサトミがかける銀色のニンニク臭い液体は本来は敵にかけるらしい。
隠れても匂いで見つけられるように、そして銀色はしばらく落とせない染料でできており混戦で状況がよくわからなくなったらとにかく臭いものか光るものを攻撃しろと指示されたという。敵味方の識別に使うらしい。冗談めかして言ってみた。
「俺があんたに殺される運命もあったわけか?」
「いや、言われた。絶対に手を出すな、あんたには、しるしをつける、と」
ああ、ほんとにサトミを疑ってすまないことをした。
犬族の者たちはマーロンで生まれ育ちサトミと面識はなかったが、たまたま酒場でサトミを見て日ごろ受けている差別的な扱いの不満を晴らしたいと相談したという。たしかにあの戦いぶりを見せた自分と同じ種族のサトミに相談したくなる気持ちはわかる。
そして、結局酒場に舞い戻ってサトミとミケと犬族たちは明け方まで飲んでいたらしい。そのさなか、ほかの客のうわさで俺がいなくなったいきさつをしり二人は俺を探しに酒場を出たということだ。
戻ってきた二人はひどく不機嫌に見え、逆らえるような雰囲気ではなかったという。そして危険な生き物が街に放たれ安全な北マーロンへの逃げ道であるマーロン橋を勇者教が封鎖しているという話を聞いた。
半信半疑ながら酒場を出てみると町を守ってくれるなら馬を提供すると触れ回る貴族の使いを名乗る男がいた。その馬で橋までやってきたということだ。
途中で勇者教の船が爆発するのを目撃し、そこへ俺が空から落ちてきた。すぐに俺が関わっているとわかったらしい。
何をすべきか逡巡しているところへサトミの遠吠え一発。勇者教を倒せば全ては解決するとテンションマックスで駆けだしたとのことだった。
ただイレーザの股間をガン視していたら結果として彼らを戦闘に駆り立ててしまったことに、多少気の毒に思ったが、風が吹けば桶屋が儲かるという言葉と俺は利用されたのかもしれないという陰謀論めいたこともちらと思った。
サトミは戦闘の指揮官としてむちゃくちゃ優秀だったらしい。
見惚れるような煌めく美しい剣を指揮棒として右に左に、あげくは魔法を使わせ浮かぶ大波の上を馬ごとサーフィンのごとく滑らせサファイアたちを撹乱した。
剣やこん棒でなぐりあるような白兵戦に持ち込めそうなところまで距離を詰めた。混乱しているサファイアたちの様子から戦闘に不慣れなことがわかった。見たことがない魔法に驚きもしたが絶対に勝てると踏んだとその男は言っていた。
で、現在に至る、というわけだ。
「ありがとう。まさか異世界(こっち)でから揚げが喰えるとは思わなかったよ。で、さ。俺、服を着たいん……」
「それってどこのオートクチュール? ステキやん」
「んなわきゃねーだろっ! どんだけ新進気鋭なんだよ? そのデザイナー」
俺は全裸に鼻からへその下まで、所謂ギャランドゥまで銀色だ。麻の紐を腰に巻きそれに結び付けた竹の取っ手で股間を隠している……というスタイル。鏡がなく自分の姿が確認できないが確信している。
かすかに紳士と一九七〇年代のアングラ劇団の役者風味が絶妙にブレンドされた姿で地べたに鎮座している俺はどう見ても変態紳士。
ミケもイレーザもミシェルも、俺を銀色に染めたサトミでさえ俺から少し距離を置いている。ちなみにサトミはミケを後ろに乗せ先に馬を使って広場に向かってしまっていた。人ごみの中、必死で探してやっと見つけて声をかけたというのにこの扱いだった。
「じゃーん。レモンもあるよ? かけるでしょ? から揚げに。マヨネーズも置いとくね」
マイが置いた壺の中の白いマヨネーズを見て不覚にもテンションがあがる。
「お、やっと異世界っぽくなってきやがったぜ……って。なあ、マント一枚でいいからなんとかなんないかな? あ、鏡持ってないか? A4くらいの大きいの持ち歩いてるだろ? 最近の子って。なあ、通りすがるやつらに変な目で見られるんだけど。まずいだろ? サイハーテ国てきにも」
「おじさん必死すぎて草。大丈夫だよ」
「どこがだよっ!」
「おじさんは強いけど野心を持たない変わり者っていう腫物扱いポジションでいくことになったから。サイハーテもおじさんの行動にも生死にも関知しないってことで話をつけたらしいよ?」
「いや、話をつけたって、誰に?」
「キンドラン王や諸侯っていうの? この辺の。この島の権力者たちと。あ、魔法使ったオンライン会議みたいなやつがあるんだって。それで連絡したって」
「なんで?」
「魔力はあるけど野心はないからほっとけばいいって。おじさんのやったことにサイハーテは関知しないしおじさんを利用するも消すも好きにしてって」
「え? なんで? やっぱりどこの世界の日本人も全てのおじさんがこの世から消えればいいって思ってるの?」
俺は疫病の感染予防のためにサイハーテで軟禁されていた時にやらかしてしまったことを思い出していた。たしかにあれを見てしまった名も知らぬ彼女がキショイから死んでほしいと日本人村で噂を立てていたとしても返す言葉はない。
「おじさん、自覚ないみたいだけどおじさんの年齢(とし)でそれだけ魔力があるってちょっと異常なんだよ? 王さまとか貴族クラスかもって言われてるし」
「へえ…… これでもチートなのか。なんか納得できないけど」
「いや、みんなその魔力でテロみたいなことを起こされるのを怖がってるんだって。フリップ卿と戦ってからいろんな人からおじさんのこと聞かれるし」
「あ、そうなんだ。なんか突撃してくる奴らいっぱいいたけどな」
「でしょ? だからあたし言ったじゃん。結構サイハーテの大人たち、おじさんの行動にピリついてるよ」
「確かに。俺を動かしてるのがサイハーテだって誤解されたら面倒かもな」
「うん、まあ嫉妬もあるかもだけど。普通に恋愛経験や結婚の経験がある人でおじさんみたいな魔力持ってる人は珍しいんだって。だから日本人はあんまり村からでないらしいよ」
「そういう事情があったのか……」
「うん。だから異世界(こっち)の孤児を育ててサイハーテに忠実な秘密の魔法部隊を作ってるって噂もあるし。」
「なるほどねぇ。で、俺の服なんだけどさ」
「それよりおじさんだって結婚してたんでしょ?」
「忘れた。そんなこと。それより俺の服なんだけどさ」
「あ、そっちは忘れてないんだ?」
「忘れるかっ!」
「ごめん。あたし忙しいしサトミさんたちにたのめば?」
「たのんだけどあいつらその格好で反省しろってさ。理由は自分で考えろとか言われてわけわからん」
「ふーん。おじさん、なにしたの?」
「いや、なにも」
「酒場でふたりと分かれたってとこまではサトミさんから聞いたけどそれからどうしたの?」
「ああ、自称勇者の血族の若造にぼこられて酒場の女に介抱されてその女に頼まれて捨てられた勇者教の器をあつめてただけだ。で、結果、このざまだ」
「へぇ…… わかった。じゃ、あたし、これで」
「え? 行っちゃうの?」
「そんな顔しないでよ。捨てられた子犬気取ってもキショイよ。おじさん」
「気取るかっ!」
「あ、そだ。フリップ卿たちのフライドチキンと連帯勇者教のチキンステーキ、あと王の軍が作る焼き鳥みたいなやつ。全部食べといて」
「なんでだよ。おじさんそんなに喰えないよ。じぶんで喰えばいいだろ?」
「だって味を知りたいんだけど太りたくもないんだモン」
「そっか……」
「ね? サトミさんとかじゃ日本の調味料わかんないだろうし、あたしは日本の調味料でたとえてもらったほうがわかりやすいし」
「わかった。任せとけ」
「うん、ありがと。おじさん」
そしてマイは行ってしまった。目の前の大量のから揚げを前に逆流性食道炎の腹が怯む。
あ、馬鹿だな、俺。ケチな…… じゃなくって合理的なマイがこれだけたくさん持ってきてくれたことには理由があるはず。
っていうか、普通に考えて分け合えばいい。サトミたちのところ、そしてそれでも余ればほかの奴らイレーザたちのろころでもさっきまで話していた犬族のところでも見知らぬ相手でも。なんならサファイアたちのところへでも。戦うよりも一緒に飯を喰うほうが俺だって楽しい。
俺が皿を持っていくとサトミとミケはいくつか取り出した。当然余る。そしてやっぱりなんだか冷たい視線を送るサトミとなんとなく俺の反応を面白がっているミケの視線にいたたまれずに「俺、これ配ってくるから」と逃げるようにその場をあとにした。
そして通りがかりに見かけた少女たちに近寄って拙いテンブリ語で話しかけた。
「これ、どうぞ。おいしいよ」
少女たちは悲鳴をあげて消えた。
そして遠く離れたところから彼女たちが叫んだテンブリ語。俺でもわかるシンプルな言葉。
「ヘンタイ!」
忘れてた。俺の見た目。
振り返るとサトミとミケが腹を抱えて笑っていた。
ま、幸せならOKです。
二人に対して親指を立ててみた。笑ってる二人は気が付くことはなかった。
それでいい。
そう強く思った。
そして、今の俺をあの女が見たらどんな顔するだろう。
そんな疑問が湧いたがあの女の顔を思い出しても胸に響くものは何一つなかった。
告白すればこっちに来てからも、暇さえあれは悶々とあの女にあらゆるパターンのザマァを夢見て妄想を膨らませていた。
だか今は違う。忘れることができた、というよりは卒業できた、ということなんだろう。
俺はもしかしたら産まれて初めて恋愛の最初から終わりまでを体験したのかもしれない。
もしこのせいで魔力が失われたとしても構わない、そう思えるほど清々しい気持ちだ。
俺の手記はここで終えたほうがよさそうだ。きっとこれから俺は地に足のついたありふれた暮らしを続けるだけだろう。
元々俺が狂ってしまわないように書き始めた手記だ。その役目は終わった。
そして、これから俺が送るであろうありふれたおじさんのありふれた日常をしたためて後世に残したとしても需要はないだろう。
またいつか、おかしくなりそうだと思ったら書くかもしれないがこの辺で筆を置くことにしよう。
このまま幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたしと行きたいものた。
今まで読んでくれてありがとう。
もし心がしんどいときには俺の間抜けぶりを笑いにこの手記を開いてみてくれ。いつでも俺はそこにいるから。
それじゃ元気でな。あんたの幸せを祈ってるぜ。
またな、とは言わないでおくぜ。
俺が手記を書くときは気持ちの整理が必要なときだからさ。このままゆったりとした気持ちで生きていくことを願ってるからさ。
それじゃ……
さよおなら、プゥ。
……
……
……
あばよ! いい夢見ようぜ!
完
用済みおじさん異世界狂詩曲(ラプソディ) (旧題)ムカつく上司をぶっ飛ばして会社を追放されたおっさんの異世界冒険譚 @yasuokouji
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