第2話

 みやこ市東部に位置するベルム学園。

 20年前に魔導学が科学を超越し、魔導学が台頭した際に創設された国内有数の魔導士育成機関である。一流の魔導士になりたいのであれば東のベルム、西のアルマと言われるくらいには有名な機関である。

 僕は今ベルム学園高等部校舎の食堂にいる。

 朝早い時間にいるせいか、いつものような歓声や叫び声などの喧噪は無い。聞こえてくるのは冷蔵ケースのガラスドアをスライドさせたり、調理場で皿がカチャカチャ鳴ったりする音である。

 みんなは早く来ないものか……もうずっとここで待機しているのは嫌だ。

「スゥー……ハァ~……」

《おい、早く離れろ》

「ンナァ……」

《は、な、れ、ろ!!!》

 そう言って、小さい白狼は僕の頭から離れた。

 身体をブルブルさせてこちらを睨みつけてくるのはクロ―――子供のころから一緒にいる僕の使い魔だ。使い魔と言っても魔法を使っているところは一切見たことないけど。

《吸うなと何度言ったら分かるんだ!》

「そんなこと言ったって、しょうがないじゃないか!だって、あぁ……もう、ほら……」

 脂のにおいと甘いケチャップのにおいが漂ってくる。それに加えて、後からマスタードのにおいもやってきた。今日の寮生の朝飯のおかずはウインナー系だろうか、いや、ケチャップを使うってことはオムレツ系の線も消えていない。

「だからお腹が空くから離れないでよ、クロぉ……」

《そんなものは知らん、勝手に腹を鳴かせておけ》

「怪我人にその仕打ちはないよ……」

 頭に包帯を巻き、全身の痛むところにシップを貼り、食堂の片隅でうなだれている男がいる。

 ルイ・エイフォン。ベルム学園高等部2年次であり昨年の成績最低評価者だ。

 昨晩の稽古もとい指導……いや、師匠のストレス発散に長いこと付き合ったせいで全身がボロボロになってしまった。

 あれは絶対にストレス発散だ。稽古だったら何か技とかを教えてくれるだろうし、指導でも軽く殴ってくるくらいのはずだ。

 それなのに昨日の稽古は「アタシの魔法を避けてみな。アタシが合格だって言ったら今日の稽古は終わりだよ」って言って、大量の魔法を展開してきては「ほぉら、ルイ。死んじゃないぞ~」「だ!か!ら!考える前に動くんだよ!!!ほら!アタシが言ったことやらないと終わらないよ!」なんて言って僕に魔法を飛ばしてくるときには満面の笑顔を浮かべいたんだ。これをストレス発散と言わずして何という。

 しかも稽古終わりに魔法をあそこまで飛ばしてきた理由を知りたくて聞いたら「いやぁ、不出来な弟子の成長が嬉しくてねぇ……フフッ、興が乗ってしまったのさ」なんて言っていた。あの人は鬼だ。あそこまで邪悪に笑える人間そうそう居ないと思う。

「あぁ、こんなんじゃルナさんに合わせる顔がない……」

 昨晩のことを思い出すと傷が痛んでしまうため、考えないようにする。

 と言っても他に考えることがない。いや、腹が減りすぎてまともに考える力がないだけだ。

「よぉ、随分とボロボロじゃねえか」

 後ろから声をかけてきたのは旧友でもあり悪友でもあるソウマ・アルブレドである。つり目が特徴的ではあるが、そのキツさも感じさせない優しい面持ちをしている。俗にいうイケメンである。

 なんだ?体術教師といい、こいつといい、この世にはイケメンしかいないのか。イケメンはやっぱり死んだ方が良い。いっそもう僕が鉄槌を下そう。

「そういや、お前は飯食ったのか?」

「え?……昨日バカみたいに続いた稽古のせいで疲れて朝飯の準備どころじゃなかったんだよ。この怪我で飯の準備できると思うかい?」

「だよな。そうだと思ってそこのコンビニで飯買ってきておいたぞ」

 前言撤回。やっぱりソウマはいいやつだ。

「ほら、今回は奢ってやる。存分に食え」

 上から目線で少し腹が立つけど、袋を受け取り、すぐさま中身を出す。

 出てきたのはこんにゃく、ただの強炭酸水、サラダチキンの3つだ。

「貴様ぁぁぁああああ!」

 よし、こいつは殺そう。護衛の任務から一人減るけどそのくらいなら別に問題ないよね!

「おっ、低カロリーの食い物でッ、元気が出るとは随分腹が減ってたみたいだな!」

 こいつの顔めがけて放った拳はいとも簡単に受け止められた。くそっ、けがが無ければこんなやつ一撃なのに……ッ!

「味を感じられないからだよ!君はバカなのかい!?味がほとんどないと食ってる感じがしないじゃないか!」

 低カロリーでもあるだけましなんだ。あと一食くらい食わなくたってどうにかなる。

「クロ!特大の魔法をあいつにお見舞いして!」

《ハァ……付き合ってられるか》

 そう言うと、クロは僕のパーカーの中に入り込み、丸くなった。こんなことを言うと変に思うかもしれないが、案外重くないのである。実体を伴っているようで伴っていない。触れられるのに質量を持たないという感覚が一番近いだろうか。

「おっ、二人ともそろってるね」

 ソウマやクロとアホみたいなやり取りをしていたら師匠がやってきた。でも、いつもなら集合に遅れないような二人が見えていない。

「師匠、カエデとユイさんは?」

「あの二人ならルナ君のところにもういるよ」

「え?もういるって、ここにはいないけど」

「お前、まだ気づいてないのか。あの成績優秀者がこういう食堂に来るわけないだろ」

「え?……え?」

 確かに昨日は食堂に集合と言われたはずだ。ソウマがここにいるってことは昨日みんなもここに集合って言われているはずなのに。なんだろうこの僕だけが分かってないみたいな空気。なんかとっても嫌だ。

「まぁここで話してても行くよ。ほら、いつまでも座ってないで立った立った」

 師匠はフードの部分をつかみひょいっと僕の体を軽く持ち上げる。この人やっぱりバカ力だ。昨日あれだけいじめておいてこんだけ力が残っているなんて人じゃない。

「アンタらは先に行ってな。アタシは取るもの取ってから行くよ」

「俺たちも手伝いましょうか?」

「いや、アタシだけで十分だよ。キミはこいつが迷わないように案内しときな」

「分かりました」

 え?案内?この学園で色々悪さをしてきた僕でも知らないところがあるだなんて。

 この学園も街一つくらいの広さだから僕が知らないところがあっても驚くことは無いか。

「じゃあ俺たちは行くぞ、バカルイ。迷子になるなよー」

「迷子になんてなるき、子供じゃあるまいし」

そう言って僕は少し痛む右足を庇いながらソウマの後をついて行った。

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Aurora Stella カイ @natsukazekai8022

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