Aurora Stella

カイ

第1話 

 死臭が蔓延する戦場に灼熱する泡沫が浮かんでは消えていく。

 広大無辺となった常闇の一隅にあふれる光芒の乱舞と飛び交う火球。異形の化け物――吸血鬼同士の争いが生み出したその光は一際勢いを増していく。

 一方が敵を屠れば、もう一方も負けじと敵を襲う。

 双方がぶつかり合い、戦意と熱気が奔騰していく。そして、夜という漆黒のキャンバスに死を意味する血の絵の具が激しく飛散するように、それらは散華する。

 もちろん、戦っているモノたちにそのような意識はない。

 あるのは死の恐怖から逃れたいという感情、もしくは己が掲げる社会理念を実現しようとする信念。彼らの心にあるのはただそれだけだ。

 空に浮かぶ満月は彼らを紅く照らし、よりいっそう恐怖を覚えさせる。

 その満月を遠方に臨む戦場の一角。

 遺骸が積み重なり、壁となったそこには血に濡れた女性を抱えた男が立っていた。

「ル......とは、た......だぞ......」


◇◇◇


 魔導学教師のジーナ・エイフォンは額に手を当て、深々とため息を吐く。

 彼女の手にはベルム学園高等部一年次の成績原簿。

 しまった。今日家の郵便受けに届いたのは成績原簿だったか。すぐに破り捨てたりクロに食べてもらったりするんだった。

「……ルイ・エイフォン君、これについて何か言い訳は?」

「……精一杯頑張ってその結果です。許してください」

 ジーナもとい師匠の目を見ないようにして返答をする。

「ドベのくせに許すも何もないだろう。魔導学の実習は仕方がないとして、なんで座学系の方も最低評価なんだ。座学くらいは魔力がなくてもできるだろう?」

「感覚でつかめないから……」

 ジーナはもう一度ため息を吐くと、髪を搔きむしった。

「あぁもう、だから魔力を持たないやつが感覚で魔導学を理解できるわけがないだろう?キミは少しは頭を使いたまえ」

「でもでも!体術系はピカイチなはず!」

「教材に対して毎回手加減ができず壊してばっかり、座学の際には居眠り……そんなことして評価が上がるわけないよなぁ?」

「ぐっ……」

 体術だけは座学と実習が同じ単位になっているから、実習で良い成績を出しても座学の方で低い点を取ったら総合的に見て低くなってしまう。

 くそッ、顔と頭と筋肉だけが取り柄のあの体術教師め。今度実習があったら顔ばかり狙って傷をつけてやろうか。……今まで一度も有効な一手を打てたことないけども。

 やはり、天は二物を与えずは嘘だと思う。顔もよし頭もよし、おまけに強いと来た。そのせいで学園中の女子はあの先生にくぎ付けだし。モテ男死すべし。

 そんなことを考えていると、ペシッと頭をはたかれた。

「まったく、真面目に反省しな」

「はーい」

「反省の色が見えない軽い返事だねぇ……こんなんで明日からの任務が務まるんだか」

「明日からの任務?僕そんなの聞いてないんだけど」

 ジーナは冷蔵庫から取り出したビールを一口で一気に飲み干して僕の方をギロッと睨みつける。

「朝に『放課後、職員室に来い』と言ったはずなのにキミは来なかったよなぁ?どうせキミのことだからすっぽかして家に帰ってるんじゃないかと思ったら案の定じゃないか」

「それは僕が忘れるということを知っておきながら朝に言う師匠が悪い」

「開き直ってるんじゃないよ」

 そう。僕は決して悪くない。悪くないんだ。悪くない悪くない悪くな、い……

「ごめんなさい」

 やっぱり勝てなかった。師匠は少しは顔が整ってるため、目に力を入れると異様に目力が凄まじくなるため圧倒されてしまう。この目力に勝てる人は名乗り出てほしい。そして、僕にそのメンタルを叩き込んでくれ。

「それで、今日放課後に伝えたかったのって何なの?」

「あー、そうだね。明日、護衛任務が入ったんだよ」

「護衛任務かー。護衛って誰の?」

「キミもよく知ってる人間さ。ベルム学園高等部一年次の最優秀成績者であるルナ・ミュステリウム、彼女が学園に登校してからの護衛だよ」

「ルナさんの護衛かー。そっかぁ……え、ルナさん?ルナさん……ルナさん!?ルナってあのルナさん!?!?!?」

「うるっさいねぇ。ったく、夜なんだから大声を出すんじゃないよ」

 この大馬鹿師匠はなんでそんな大事なことを早くに言わないんだ。

 今は20時38分……今じゃ美容室も空いていない。いや、この際髪の毛は仕方がない。スキンケアとかしないと!明日ルナさんに会うのにこんな顔のままじゃダメだ!

「師匠!スキンケアのクリームってどれ!?」

「そんなものをアタシが持っていると思うかい?そもそも持ってたってキミにはやらないよ」

「そんな!いくら歳でスキンケアとかやっても意味なくなってきたからって」

 そういった瞬間、僕の顔の横を何かが通過しき、パリンと音がした。

 恐る恐る音がした方向を見てみると氷の刃がガラス瓶を割っていた。

「歳が……何だって?」

 さっき睨まれた時よりも目力がすごかった。目がマジだった。

「いや、その……何でもありません……」

 口を滑らせて女性に年齢の話をするのは本当にやめておこう。

 多分僕の命が持たない。持ったとしても師匠相手に四肢を維持できる自信がない。

「……そう言えば最近稽古をつけていなかったな」

「うん」

「じゃあ久しぶりにアタシが稽古をつけてやろう」

 今度はウキウキし始めた。多分さっきのが原因だ。さっきの失言と教職でたまったストレスを全部僕にぶつける気だ。

「い、いや。別にいいよ。今日は夜も遅いし、明日は護衛任務なんでしょ?早く寝ないとさ」

「その点については問題ないさ。明日の任務は登校後からだし今まで通りの時間に起きればいい。ただ、本当にそれでいいのかい?キミのだ~いすきなルナ・ミュステリウムに格好悪いところを見せたらどうするんだい?」

「な、なんでそれを……ッ!?いや、べ、べつにそんなことないし!?」

 何で師匠がそれを知っているんだ!?僕は誰にも喋ったことがないっていうのに!これも師匠お得意の魔法で見破ったっていうのか……ッ!

「全然隠せてないよ。まぁいいさ、キミがそれでもいいっていうならね」

「あー!分かったよ!行けばいいんだろ行けば!」

「決まりだね。じゃあクロもつれてきな。今日はみっちりやるよ」

 この後、稽古は24時まで続いたという。

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