【聖人聖女編】んもー!! 新子友花はいつも元気なんだからさ……、あたしのことをお前って言うなーー!!!
第92話 聖女トモカ様が、冴えないレベル1の勇者ユウタをこてんぱんにしごいてみたら、やっぱラスボスを倒すのは無理っぽい? だから、あたしが代わりに主人公になってやる!!
第92話 聖女トモカ様が、冴えないレベル1の勇者ユウタをこてんぱんにしごいてみたら、やっぱラスボスを倒すのは無理っぽい? だから、あたしが代わりに主人公になってやる!!
「……おい! 妹よ」
肘で隣のパイプ椅子に着席している妹の横腹をつついているのは兄――
「……」
妹――
春爛漫――天気は快晴の青空だ。
ここは聖ジャンヌ・ブレアル学園の正門から、真っすぐ進んだ本校舎の玄関前である。
そこにパイプ椅子を並べて着席しているのは、クラスの室長と副室長。各部活動の代表者たちだ。もちろん、クラスの担任の先生もいる。部活動の顧問も着席している。理事長も理事会のメンバーも出席している。
要は、聖ジャンヌ・ブレアル学園の結晶というべきメンツが揃っているのだ。
そんな中で、
「……って、妹よ」
「……」
パチパチと、未だ隣に座る狐井剣磨の顔を見ようともしない狐井磨白。
「妹って……。聞こえてるんだろが?」
明らかに無視されていることは、長年の兄妹関係から察しがついている。
「妹って! こっち見ろよって」
「お
ボソッと小声で呟いた。
「妹……聞こえてるんだろう」
ほらやっぱり……ちょっとムカつく兄。
一方の妹はというと、真っすぐに顔を向けたまま拍手を続ける。
「聞こえてるけど……聞きたくないんだもん」
「いやいや……聞いてくれないか?」
「聞きたくないって……。どーせくだらない質問するんでしょ」
チラリ……。
ようやく兄の顔を少しだけ見る。しかし、流し目でチラ見したその視線には明らかに呆れた感を感じてしまう。
「くだらないかどうかは、聞いてみないとわからないだろ」
と言うと、また肘で妹の脇腹をつつく。ぐいっと押すのだった。
「ちょいと、痛いって! お兄ってば、今バリアフリーの除幕式なんだから、神妙に笑顔で拍手しなさいよ」
仕返しに、狐井磨白は兄の足目掛けてズンッと踏みつぶす。
「……んぐ」
思わず狐井剣磨が、激痛に耐えられずに声を出してしまう。
「お兄……黙っててよ。除幕式なんだからさ」
「……って、妹よ。だったら足を踏むなって」
「お兄が肘で突いてくるのがいけないんでしょ?」
「妹よ……。とにかく俺の話を聞いてくれ」
「……じゃ、少しだけ聞いてやるやん」
あまりのしつこさに、狐井磨白はさっさと兄の質問を聞いて、それをサラッと受け流してやろうと作戦を変更した。
「何よ? 聞きたいことって」
「……あのさ、どうしてラノベ部の新入部員の俺達が、ラノベ部代表として除幕式に参加させられてるんだ?」
狐井剣磨の質問内容は、今現在ラノベ部で新子友花たちが部長――忍海勇太に対して疑念を抱いている気持ちそのままの内容だった。
「どーせ、そんなこと聞いてくると思ってた」
はぁ~。
流し目でもう一度兄の顔を見てから、狐井磨白は声に出すことなく、肩の力を落としてため息をつく。
「一般的にさ……」
「一般的って……まだ言う?」
「……こういう式典って、部長が出席するもんじゃね? それがどうして俺達なんだ? これ新人いびりってやつ? それともさ」
「忍海部長が、めんどくさがり屋なだけだからでしょ」
単刀直入に模範解答を兄に教えた妹である。
「めんど……って、あの忍海先輩が?」
「お兄と、似ているんじゃない? なんせ、一年生のときに帰宅部を選択して、高校生活の青春まっしぐらな部活動ライフをエンジョイしている学生達を俯瞰して見ているだけの怠惰なお兄ですからね」
「妹よ……。お前が知る兄の姿って、そんなに酷いありさまで」
「左様でゴザンス」
狐井磨白が軽く会釈して返す。少し嫌味っぽくもある。
ラノベ部部室――
『ヘクション!』
忍海勇太が大きくクシャミして、鼻をすすった……
「どうした勇太? 風邪か」
ノート型PCの画面の横から、向かいに座る彼を案ずるのは新子友花だ。
「……わからん」
忍海勇太はもう一度、大きく鼻をすする。
「お兄って、どうしてこんな性格なのかな……」
自分の実の兄が、こんなにも堕落した
「あ~あ!」
理性がプッツン。
思わず大きな声を出してしまった。
「こら! 狐井剣磨くんと狐井磨白さん? 式典中はお静かにしましょうね」
すると、兄妹の前列に着席している大美和さくら先生が、さっきからずっと私語を連発している二人にたまらず振り返った。
教育的指導である。
「すみません……先生」
「……すみませんでした」
兄妹揃って姿勢よく座りなおすと、顧問の大美和さくら先生に向かって深く頭を下げた。
こういうところは実の兄妹だ。
「いいですか? 二人共、あなた達のラノベ部の先輩であり、そして生徒会長でもある神殿愛さんの、たった一年限りの任期で実現することができた学園のバリアフリー化。その大切な除幕式なのですから、ちゃんと応援してあげましょうね」
大美和さくら先生はこう言い残すと、身体を前に向け直す。
視線の先に見つめる人物、神殿愛が壇上に上がる姿を――
*
「どうも、生徒会長の神殿愛です。本日は快晴に恵まれて――」
壇上に立つ神殿愛がゆっくりと青空を見上げる。
「……本当に、私は運が良かっただけなのでしょうね」
聖ジャンヌ・ブレアル学園のバリアフリー化を実現した記念日。
生徒会長として先導して、実現することができたことを、ここまでの道のりを、神殿愛が感慨に振り返る。
「……先輩の生徒会長の公約実現までの道のりを、私は学んできました。そのほとんどの先輩が在任中に公約実現することができませんでしたね」
青空を見上げたまま――
「学食のメニューのオムライスのケチャップの味が辛口だから、もう少し甘口にしますと公約した先輩の生徒会長の学食シェフのチーフとの交渉の難しさを、私も学びました」
……そんな公約があったんだ。
「そのシェフの頭が固いことってね! どうしたら、あんなに頑固になれるんだって! ああ……、私は会議録を読んだその時の腹立たしさを今も忘れません」
……神殿愛が拳を固く握りしめる。
青空を見上げたままである――
「学生達が辛いって言ってんだから、味を変えりゃ~いいだけじゃんか! それをあのシェフときたら、俺はこの味がいいと思っているんだから、変えたくないって。一体誰のために学食を作っているんだ!」
キ~ン
神殿愛が語尾を強めたために、マイクの音声に無理が祟ったようだ。
着席しているほとんどの生徒も先生も、慌てて両耳をふさぐ。
「……し、失礼しました。少し感傷的になってしまって」
我に返る神殿愛が、視線を除幕式の会場に下げる。
「……と、とにかくです。わ……私は運がとても良かったのだと思いました。たった一年でバリアフリー化を実現できたことをです。この正門から玄関までスロープを作ったこと、この学園の丘の上の聖ジャンヌ・ブレアル教会にもスロープができたこと、これでシスターの手を借りなくてもいつでも礼拝に参加することができます」
神殿愛が視線を丘の上に向ける。
見つめる先にあるのは、聖ジャンヌ・ブレアル教会である。
「これで、誰でも、いつでも聖人ジャンヌ・ダルクさまに逢えるのです。とても素晴らしいことだと思います」
会場から一斉に拍手が鳴る――
正面を向く神殿愛――
「皆様、私は生徒会長として、たった一年の任期を、しっかりと公約実現のために頑張りましたから……。そう! それと学園の校舎にもエレベーターを設置しました。今までは、荷物の運搬用のエレベーターで教室に上がっていた車椅子の生徒も、これで安心して校内を移動することができるでしょう」
「……エレベーターの実現も」
神殿愛が視線を正面向かいの席に座る一人の女性を見つめる。
「これも……すべて」
言葉を詰まらせる――
グッとこみ上げてくる気持ちから、思わず涙腺が緩む。
神殿愛は気にしない――
「これも! これもすべて! 私が生徒会選挙の時にあなたと出逢ったからですよ!」
声を大きく――
「猪狩さん!!」
卒業生代表として来賓している女性は猪狩さん。
卒業生代表だけではなく、身体障害者の代表としても来賓している。
彼女は両足が不自由で、在校生のときには車椅子で登下校していた。
「私が学園のバリアフリー化を公約に掲げたから、私は生徒会長に当選することができたのだと思います。私が生徒会長になることができたのは、あなたと出逢ったからなのです」
「ありがとう! 猪狩さん!!」
神殿愛は壇上から手を振り、彼女を見る――
その猪狩さんはというと――
「……ありがとう。神殿さん」
神殿愛の涙腺が緩んだ以上に、猪狩さんは車椅子の上で大泣きしてくれていたのだった。
笑顔のままに――
*
「でさ……。北海道の修学旅行をどういう感じにラノベにするんだ? あっ、お前さ」
ノート型PCのキーボード入力の手を休める忍海勇太が、天井を仰ぎながら呟いた。
「おい勇太! 今、思い出しながらお前って言っただろ?」
向かいに座る新子友花は、そそくさにノート型PCのキーボードを打っている。
「やっぱ、わざとだな。確定だぞ」
「……へいへい。んでさ」
椅子から立ち上がる忍海勇太が、彼女の席まで歩いていく。
「ラノベの中身は考えたのか?」
「ん……まあ。なんとなく形くらいはなんとかね」
「え~友花ちゃん。なになに? 友花のラノベ、私気になるって」
東雲夕美も後ろから新子友花をハグしながら、彼女のノート型PCをのぞき込んでくる。
「新子!」
新城・ジャンヌ・ダルクも楽しそうに笑いながら、駆け寄ってきた。
「ってさ、みんなであたしの席に集まるの?」
キーボード入力の手をとめない新子友花。
せっせいとラノベを書いている。
自分が書いているラノベを、恥ずかしくて隠そうともしない。
そりゃそうだろう……。
文化際に出展した『あたらしい文芸』のメイン小説に、彼――忍海勇太への“愛の告白”を堂々と書き残すくらいだ。
恥ずかしいなんて気持ちを抱いては、とてもラノベなんて書けやしない。
「だって、友花のラノベって」
「興味ありあり……ですって」
「そりゃ……どうも」
ボソッと小声で感謝の念を言い、軽く頭を少し下げる。
「で、どういう内容なんだ?」
腕を組む忍海勇太。
ラノベ部部長として、かなり気になる新子友花の新作ラノベの内容。
「あ……あのね勇太! 異世界で聖女トモカが、冴えない勇者ユウタをひっ連れて、ラスボスを倒しに行く物語だよ」
「……お前さ」
「だから、お前言うな」
カチャカチャと、キーボードを打ち原稿を書き続ける新子友花である。
そんな彼女の前向きな姿をじーと見つめる忍海勇太はというと、肩の力を落として少し溜息をついたのだった。
「あのさ、部長として言わせてもらう。異世界は……まあ定番でいいとして。聖女トモカってお前のことだよな?」
「だから、お前言うな。勇太って」
「お前さ、自分の小説で自分を主人公にして、しかも、聖女と名乗るのか?」
「そだよ♡」
新子友花は頬を緩めて返事した。
「友花ちゃん! それってさ、自己愛そのもののライトノベルになるんじゃないかな?」
ハグしていた両手を放すのは東雲夕美。
小学生のころからの幼馴染である彼女も、さすがに新子友花のことはよく知っているのだけれど、主人公を聖女……さらにトモカという名前にしたことにはドン引きである。
「だって、大美和さくら先生が、自分を主人公にしたら書きやすいって教えてくれたし~」
羞恥心のかけらも見当たらない……。
新子友花は聖女トモカを推し通すのだった。
「だからって、新子! 聖女ってのはジャパニーズジャンヌ・ダルクストーリーになるで~すか? う~ん、なんだかトレビアン! な感じで~す」
フランス人の新城・ジャンヌ・ダルクから見れば、日本版ジャンヌ・ダルクストーリーが読めるかもしれないという新鮮な期待感に感動?
フランスの英雄ジャンヌ・ダルクにジャパニーズをくっつけると、――新鮮ナウいじゃん?
「ジャパニーズ……聖人ジャンヌ・ダルクさまと言い直しましょうね。新城さん」
信心深い新子友花、しっかりとそこはツッコミを入れる。
「……まあさ、聖女はお前のラノベだからいいとして、冴えない勇者ユウタってのは」
「勇太のことだからね……」
悪いとも何とも思っていない、新子友花から忍海勇太へのあからさまな当てつけだった。
「……はっきり言うな。でも、それって……冴えないって付ける意味あるのか?」
「なんとなく……だよ」
「なんとなくで、ラノベ部の部長を蔑む気か?」
「だって、大美和さくら先生が、日々経験した出来事をもとにして書くと、とても書きやすいって教えてくれたから」
「それって、俺への『お前』っていうことへの……」
組んでいた両腕を放して、聞かなくてもわかっている答えを頭に浮かべながら、忍海勇太が頭を抱える。
「そだよ! 当てつけや」
新子友花、キーボードを打つ手を止めると、隣に立つ彼を見上げてる。
見上げて、満面の笑顔で……言い切ったのだ。
忍海勇太……、だよな~と聞くんじゃなかったと前言を振り返った。
「ちなみにさ……タイトルは?」
けれど部長として、しっかりと部員が書くラノベのことは把握しておく必要はあると思った。
だから、聞いたのだ。
『聖女トモカ様が、冴えないレベル1の勇者ユウタをこてんぱんにしごいてみたら、やっぱラスボスを倒すのは無理っぽい? だから、あたしが代わりに主人公になってやる!!』
「だよ? 勇太」
「お前、長すぎるって!」
続く
この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
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