第90話 ……ちょ、ちょい勇太


「……ちょ、ちょい勇太」

 このラノベの主人公――新子友花あたらしともかが自分の机の上に広げているノート型PCの画面をガン見しながら、

「忍海部長と言いなさい……。お前……」

 向かいの席に座っているラノベ部の部長――忍海勇太おしみゆうたに話しかけた……のだった。

 すると、忍海勇太がこんな返事をした……ものだから。

「いや! 絶対に嫌やん!!」

 ストレートの直球じかだま勝負で、即答拒否したのだった。

 猛烈な勢いで首を左右に振る。

 でも、語尾がおかしくなったってことは……?

 新子友花がしゃべるときに語尾がおかしくなるこの現象――。一言で言い表すと感情的になってしまった気持ちの表れだ。

「やい! なんであたしがあんたのことを忍海部長って言わなきゃなんないんだ?」

「だって、俺はラノベ部の部長だからだろ?」

 その通りである。

「あ……あたしは、今まで通りにあんたのことを勇太って呼んでやるからさ」

 頬を赤らめてしまう新子友花が、顔を横に向ける。


「……って。ってかさ」


 と思ったら、瞬殺でそっぽむけていた顔を再び正面に座る忍海勇太に向け直した。

「てか……何度も何度も言うけどさ! あたしのことをお前って呼ぶなって!!」

 当ラノベの名物? 新子友花のお約束のツッコミである。

「俺……お前のことを、お前って呼んだか? なあ……お前さ」

 忍海勇太がノート型のPC画面とにらめっこしながら呟いた。

 彼女――新子友花に一切視線を向けずにだった。

「今もお前って読んでるやんや!! なんなん? あんたってばさん!」

 いっそう語尾が可笑しくなった新子友花の感情的なツッコミだ。

「あんたって、あたしのことをわざとお前って言ってるでしょ?」

 勢いよく席から立ち上がる新子友花が、人差し指を彼――忍海勇太に指す。


「……」


 忍海勇太が、PCのキーボード入力の手を止めてから、上目に新子友花の指先を確認。

 チラ見してだ。

「……そっか。お前って言って悪かったな」

「……だからさ、お前って……あれ?」

 もう一回、お前って言われるかと思いきや……すんなりと謝罪?

「……あれれ? あんた……それあたしに対して謝るってことだよね?」

 人差し指の力がゆっくりと抜けていく……。


「……そう思ってんなら。別にいいけどさ」


 新子友花、再び頬を赤らめてしまう。

 深ボリして言い表すとするならば、それは……羞恥だろう。

 忍海勇太が素直に謝ってくれたから、……ってあれ? けっこう男気があるんだね? という男子高生がたまに見せる、一心不乱に黙々と部活にとりこんでいるときのひたむきな努力。


 ではない……。


 新子友花の本音はというと……、もっともっとあたしのことをお前って言ってくれないと、あんたとコミュニケーションできないじゃんか! という気持ち。

 つまりは、忍海勇太が彼女のことをお前と言ってくれないと、ツッコむことを口実にして彼と親身になるきっかけが途切れてしまうから……という


 ツンデレだ―― でもこれって、


 ドМだよね。

「……」

 沈黙する新子友花――なんか、拍子抜けした。

「……」

 上目にそのもじもじした新子友花の姿を確認するのは忍海勇太が、

「……あのさ。なんか俺に聞きたいことがあったんじゃね~の?」

 ボソッと呟く。

「……そ! そうだった。ねえ勇太、聞きたいことがあるの」

 新子友花が、すっかり話の腰を折られてしまったことに気がつく。

「……そっか。じゃあ……」

 大きく息を吸った新子友花が――

「あのね!」

 でも――


「だからなんだ……お前」


 無表情で彼女も目を見つめながら忍海勇太は言いました……、しかもガン見してである。



「んもー!!」



 頭に血が上った真骨頂の新子友花の決めゼリフ?

 これを言ってやらないと、彼に忍海勇太に言ってやらなければ気が済まないのだ。

 ぐだぐだとごたくなんか並べない。

 自分の怒りを素直に表すにはこの言葉だけで構わない!

「あんた! やっぱわざとあたしのことをお前って言ってるんでしょが!」

 頭から黙々と噴煙をまき散らしながら、新子友花が忍海勇太に猛烈にツッコミを入れるのだった。




       *





「ああ……マドモアゼ~ルな新子! 落ち着くで~す」

 へんてこな日本語を喋りながら、新子友花の後ろからハグしてきたのがフランスからの転校生で3年生の新城しんじょう・ジャンヌ・ダルクだった。

「新子! こんな昔話があるですね~」

 彼女の両肩をポンポンと弾ませて、新城・ジャンヌ・ダルクが笑いながら二人の会話に入ってくる。

「あんた……いたんだ。ラノベ部に」

「いたです~。だって、私も3年から晴れてラノベ部員になりましたからね♡」

 新城・ジャンヌ・ダルクがくすくすと笑いながら、はきはきとした口調で返す。

「そ……そだったね。新城も入部したんだったよね」

「は~い!」

「んで……昔話ってなに?」

 新子友花が少し怪訝な表情を作りながら、後ろを振り返る。

「は~い! 聞いてください。ジャパニーズの兎が浜辺に出てきて、ジャパニーズの亀に『なんでそんなに鈍いのか?』ってジャパニーズの兎が言ったら、ジャパニーズの亀がなんて言ったと思います?」

「……それって、ウサギとカメの、昔話だよね? だとしたら『なんとおっしゃる兎さん?』が答えだと思うけど」

 別に変なひっかけ問題じゃなさそうだと、新子友花が恐る恐る解答した。

「そうです! ジャパニーズの兎が忍海勇太くんで、一方のジャパニーズの亀が新子で~す。いいですか? 要するにジャパニーズの兎が亀を……ジャパニーズの亀を揶揄いたいだけですから、ジャパニーズのマドモアゼル新子はジャパニーズのムッシュ忍海勇太くんを、相手にしなければいいだけです~」

 したり顔する新城・ジャンヌ・ダルクだった……。


 兎と亀の昔話を書いた作者も、ジャパニーズ兎と亀の語り部ができたことにインターナショナルを感じてくれるのだろうか?




 新子友花よ――

 フランスの兎とフランスの亀と、遺伝子的にどれくらい違うのか……は、


 またの機会のお楽しみにしておこうぞ。




 聖人ジャンヌ・ダルクさまも、同姓同名の彼女に対して少し遠慮気味みたいです……。


「新城・ジャンヌ・ダルク……あ、ありがとう。アドバイスをどうも」

 新子友花の赤らめていた頬も真っ青。

 更には変な汗が一滴落ちてくる。


 と、ここでもう一人。

 厄介な部員が話しかけてくるのだった。





 続く


 この物語はジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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