第89話 どうして、フランスではないのだ?
「……新子友花よ」
ジャンヌ・ダルクに、ステンドグラスからの7色の光が当たっている。
神々しいとは正真正銘に、このことである。
「お前は……学業アップのためならば手段を選ばんな……。お前の悩みを我ジャンヌに告白しても、我も困るけれどな? ふふっ」
表情を柔らかくして微笑みをつくる。
「でもまあ、内容はともかく我ジャンヌに信心する気持ちを、ありがたく頂戴させてもらうぞ……ふふっ」
また微笑みをこぼした。
「新子友花よ……。搭乗手続きは1時間前には済ませたほうがいいぞ。飛行機は電車と違い駆け込み乗車なんてできないからな。手荷物検査で何度も引っかかる奴もいて、結構時間がかかる場合もあるし」
何の話を……。
聖人らしからぬ現実的なアドバイスを、一人呟いた。
「……」
ジャンヌ・ダルクは、新子友花がさっきまで座っていた長椅子の最前列の席を見つめる。
「それにしても、聖ジャンヌ・ブレアル学園はマリー・クレメンス理事長が創設したのに……彼女はフランス人なのに……」
ブラブラと両足を前後に揺らしながらジャンヌ・ダルクは、
「私立の修学旅行が……どうして、フランスではないのだ? ……日本国内なんだろうな? それも、京都という土地柄からもオーソドックスな北海道を選ぶなんて」
聖ジャンヌ・ブレアル学園は京都府内某所にある。
新子友花は、実は京都人――おいでやす! おけいはん! ……なのだ!
関西にある高校の修学旅行の定番といえば、北海道と沖縄だろう。
う~ん? ご指摘の通り極めてオーソドックスな修学旅行先だ。
「北海道を楽しんで来い! それと、いつもの通り、我は嬉しいぞ!!」
ジャンヌ・ダルクが、とびきり笑顔になった。
「遥か時を越えても、こうして我を思う信徒がいることに、ああ我は幸せなのだろうな……」
教会で、一人、何度も何度も頷くジャンヌ・ダルク。
新子友花の献身的な姿勢を思い出しながら、何度もである。
「北海道から帰ってきたら、また祈りに来るのだろう? その時にでも、新子友花よ……お前が体験した修学旅行の土産話を聞かせてはくれないかな?」
7色に輝くステンドグラスを見上げながら、ジャンヌ・ダルクが遠目になる。
「……」
想うのは……、彼女の生誕地だ。
積雪のドンレミ――
「さあ、楽しんでくるのだぞ! 一度きりの修学旅行を……。 ああっ!」
ふと気がつくジャンヌ・ダルクだった。
「そういえば、聖夜祭もヴァレンタインデーも雪が降ったな……」
しばらく考え込む――
「……ふふっ! あははっ」
ジャンヌ・ダルクの笑い声は、ずっと教会の中で響き続けたのだった……。
教会内では、お静かにね。
*
「ところで……」
目を細く下に伏せて、彼女は言う。
「新子友花よ。自分の恋愛が思い通りに行かないこと……、
その言葉は、さすがは神――至極、ごもっともな聖女の恋愛相談の指摘である。
「まあ、人生というものはな、思い通りには決していかないし、うまくもいかないし」
ぶらぶらと前後に揺らしていた両足をとめる……。
「そんなものだ、新子友花よ―― 我の故郷ドンレミの恋愛なんて、遠い昔の出来事となってしまったけれど……」
ジャンヌ・ダルクの視線はいまだ下げたままだ。
見つめる先にあるのは、新子友花がいつも祈りを捧げてくれている長椅子の最前列である。
「それもこれも、彼との関係も……すべて英仏100年戦争が焼き倒していったぞ……」
「それに……、我も英雄から魔女の烙印を押されて、火刑に処されてしまった」
ジャンヌ・ダルクの脳裏に浮かんだ記憶は、目の前で敵兵に殺されていく無抵抗のフランス市民。
口から血を吐いて命乞いをしてくる……敵兵の顔。その敵兵を刺し殺してとどめを刺す自分。
祖国フランスの勝利を信じて敵兵を殺すときの……快感と、その後からくる懺悔との葛藤――
戦いの最中に思い出す……英雄としての高揚感、
そんな自分を火刑を受け入れることで、神に許してもらおうとする罪悪感――
もしくは、達成感――
「我は、もう……、もう死んでもいいだろうな……とこの世界にさようならを心の中で言ったのだ」
「そう言ったんだ。振り返れば――」
我に返るジャンヌ・ダルク。
浮かんできた戦争の記憶を、首を振ってかき消した。
「みんな、気がつけば自分のことしか思っていなかった……。みんな、自分のためにだけ戦っていることに気がついた。でもな、それでも我ジャンヌは……それでも、我は祖国フランスのために、これが勝利のための生きる――我が生まれてきた意味なのだと! そう信じて、我自身に言い聞かせてきたのだけれど……」
俯いていた顔をハッと上げる。
刹那。彼女の左目にステンドグラスからの、彩度の高い綺麗な朝の太陽の光が当たるのだった。
聖人ジャンヌ・ダルクさまの像にも、同じくステンドグラスからの光は当たっている。
少しだけ
「……そんなものだ。新子友花よ」
何がそんなのもなのかは、ジャンヌ・ダルクの心中にある彼女が経験してきた『英仏100年戦争』のエピソードを聞かなければわからないだろう。
彼女のわずか19年間の人生から得ることができた悟りなのだろう。
教訓と言い直したほうが適切か? それとも聖人としての真面目なアドバイス??
「ふふっ!」
ジャンヌ・ダルクが、吹っ切れた感じで少し微笑みをこぼす。
「なんだか……我ジャンヌは本当は悔しいのだけれどな。それでも、こうして今は聖人として、皆から、新子友花から愛されているのだから。……もう昔のことだ」
「よっこいせっと……」
聖人ジャンヌ・ダルクさまの像の台の上に、ゆっくりと立ち上がり、
「新子友花よ――。我ジャンヌに信心する気持ち。我はありがたく頂戴しているぞ。……これから忍海勇太との恋愛関係は、ゆっくりと発展させていこうぞな! ふふっ!!」
また少し微笑みをこぼしたジャンヌ・ダルク。
「それも……3年生になったから早くしないとなぁ~」
長椅子の最前列の席、新子友花がいつも座るその所を見つめながら、少し口角が緩んでしまうジャンヌ・ダルク。
「今までも、いつもいつもだ。こんなにも文明が発展した時代になっても、後進的な祈りという作法で我を思い……我を慕ってくれていることに……本当に感謝している」
と言い残しから、
「嬉しいぞ!! はるか時を越えても、こうして我を思うお前がいることにな。我は幸せなのだろうな……たぶんかな? こんなことを、聖人たるものが言ってもいけないか……」
ふわわ~んと少しだけ身体を宙に浮かせた。そして、
「いつもお前を見ていて、今日も言いたくなったんだぞ」
新子友花よ!
もう一度行っておこうぞ!
我ジャンヌ・ダルク、
お前を助けようと思うのだ。
二人の恋愛を――
ジャンヌ・ダルクは7色に光り輝くステンドグラスの手前で、ふぅ……。
姿を消したのだった。
続く
この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
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