第87話 神の声なんだ……。なんか格好いいね!(初回最終話)


 こんなことが実はあったんだぞ。


 それから、我はもちろん死んだ。

 骨は砕かれて、粉々になったと聞く。


 それから――


 われは気がつくと、故郷ドンレミの羊を放し飼いにしていた丘の草原に立っていたんだ。

 不思議な話だと思うだろう?

 本当に草原に立っていたのだ。

 でも……、我は生きてはいないとすぐに気がついた。

 自分は幽霊なんだって。

 霊体になってしまった魂の浮遊物で、我の気持ちがそうさせたのか? 強く願ったからなのか? 故郷ドンレミに戻っていた。


「懐かしいな……」


 素直にそう感じた。本当に懐かしい。

 何も変わっていない風景――

 我も生きて帰ってきたかったな……と素直に思った。

 そしてな、

 草原の向こうから、聞き覚えのある男性の声が聞こえてきた。

 ……新子友花よ。

 ここまで話すと想像できるだろう?


 やあ……、待ちくたびれたよ。


 羊飼いの仲間たちが彼を囲んでいる。聞こえてくる。

 よかった。よかった。

 生きて帰ってきて……よかったと。

 彼は一人ひとりの顔を見ては、笑って感謝の気持ちを返している。


 よかったぞ。


 我も思った。

 羊飼い仲間の一人がこう言ったんだ。

 その人は我に羊の飼い方を教えてくれた。我に、もう彼のことを思うのはやめなさい……と言った女性だ。


「ほんとに……。これも奇遇なのかね……。あんたが徴兵された同じ日に凱旋なんてね」


 彼は、ただ笑ってこの奇遇を、生きて帰還できた奇跡を、ただ笑って返していた。

 彼が徴兵された同じ日――

 その日は、我が夜に教会で会おうと約束していたけれど、会えなかった日のことだ。



 1月6日――



 新子友花よ。

 お前は当然、この日のことを知っているだろう?

 我ジャンヌ・ダルクの誕生日だ。


 我はな、火刑に処された後、幽霊となってドンレミに行き、彼が同じ日に凱旋したことを目撃してから思い出した。

 我が夜の教会で逢おうと約束した日と、同じ日だったことを思い出したんだ。



 我はやがて、列聖して『聖人ジャンヌ・ダルク』になった――



 神は……な。


 我が幽霊となってから、我に教えようとしたんだと思う。

 幽霊となって、ドンレミに行って彼が故郷に無事に帰ってきたことを見せた。

 我がまだ生きているときに、最後に彼を見たのは火刑の最中さなかだった。

 たぶん、しばらくして故郷に凱旋したのだろうな。

 それは……それでよかったと思った。

 彼に「帰ってくるから!」とウソでもいいから、そう言ってほしかったと……。

 ちゃんと帰ってきたのだな。


 でも、我は死んでしまった……。

 彼は我の最期を目撃している。

 彼に我の最期をくれたことは、本当に感謝だぞ。



 我はやがて、魔女から列聖して『聖人ジャンヌ・ダルク』になった。



 新子友花よ――

 我はこう思うのだ。

 神は、初めからすべて知っていたんだと。

 彼と逢えなかった日と、彼が故郷に帰ってきた日と――

 その日を同じにすることで、

 我の無念を晴らして、我の『あたらしい人生』を祝福してくれたのかもしれない。


 そうだ! そう思うことにしたんだ!!


 我の1月6日という誕生日と、彼が故郷に帰ってきた日と、

 我が無罪になった7月7日、我の列聖への道がはじまった日と、新子友花の誕生日である7月17日と、

 神は、奇妙な偶然を奇跡にして起こすという……。

 我は、これを『神の声』だと信じることにしたのだ――


 もう一度、今一度、もっと逢いたい。

 あなたに逢いたい。

 逢わせてくれた。


 神は、我が怒り死ぬことを選択したことで、彼に逢わせてくれたんだと思うことにした。

 はるのちに『救国の聖女』と呼ばれることになったとしても、そんなのは……

 そんな魔女の烙印を押したお前らに、何が……我の何がわかるというんだ?

 わかってくれとも思いたくはない。

 お前ら処刑台の広場に群がった大衆は、うっとうしくて気に入らなくて……、

 邪魔で嫌悪で……、

 祖国フランスの勝利を、どうしてこんな形で祝えると言えようか?


 我の心の叫びだぞ……


 ドンレミに帰郷した彼を見ることができたのは、

 我が主――神を信心してきたことへの、神からの信仰たらしめたことへのプレゼントなのだと、

 我はこう信じようと思った。




 どうだ?

 我も、聖人と聖女と呼ばれてはいるけれど、なんだか人らしいだろう?

 お前と同じ人だと、たまにはそう思って……ほしいぞな。




       *




 ――どこからともなく声が聞こえてくる。

 ――それも二人の声が聞こえてくる。



 ねえ? ジャンヌさま。


 なんだ子供ヴァージョンよ?


『神の声』ってなんなの?


 神の御心というものは、奇妙な偶然の一致で語りかけてくるということだぞ。


 ……わかんないよ。


 子供ヴァージョンには、まだ早かったか?


 ……たぶん。


 では、我ジャンヌ・ダルクと新子友花の関係から教えてやろう。


 うん!



 我の誕生日を知っているな?

 子供ヴァージョンと同じ日だぞ。


 1月6日だね。


 そうだな。

 では、我が魔女裁判で無罪判決をもらった日は?


 7月7日です。


 誕生日の1と6を足すと?


 7です! ジャンヌさま。


 これが神の声だぞ。

 我ジャンヌ・ダルクにとって『7』という数字は縁がある。

 7はエンジェルナンバーである。


 エンジェルナンバー?


 天使のことだ。


 ふ~ん。

 ……んで、新子友花お姉ちゃんとは、どういう関係があるの?


 では教えてやろう。

 新子友花の誕生日を知っているか?


 知らな~い。


 ……そうか。では我が教えてやる。


 7月17日だ。


 そうなんだ。

 ジャンヌさまが真冬生まれで、お姉ちゃんは真夏生まれなんだね。


 我の誕生日の7が新子友花の誕生日にはあるな。

 そして、我の無罪判決の日と10日違いで7という数字が一致するだろう。


 それが?

 10日も違っているよ。


 否、それでいいんだぞ。


 どういうこと?


 日本語で『10』という数字はな……『十』と書く。

 これは十字架に形が似ていると思わんか?


 ……うん!

 確かに十字架に似てるね。


 つまり、こういうことだぞ――



 新子友花の成績は聖ジャンヌ・ブレアル学園ではビリに近い。

 この学園は進学校だからな。

 ついて行くのが彼女にはやっとのことだろう。

 本来ならば、公立高校に進学していたのかもしれない。


 しかしな、

 聖ジャンヌ・ブレアル学園にはカトリックの教会がある。

 我ジャンヌ・ダルクと、無罪判決を与えてくれたジャン・ブレアルを祀った教会だ。

 この教会で10日違いの新子友花が、登校して毎朝十字を切って祈っている。

 新子友花が公立高校に進学していたら、我とも出逢うことはなかっただろう。


 つまり、必然。

 これが神の声というものだぞ。



 神の声なんだ……。なんか格好いいね!


 格好いいか。まるで正義の味方のような例えだぞ。


 ……でもさ、ジャンヌさま?


 なんだ?


 新子友花お姉ちゃんが教会で祈っているのは、兄の病気とかなんとか格好つけてるけれどさぁ……。

 本当は、学園の成績が良くないからでしょ?


 ははっ!

 子供ヴァージョンよ、お前は正直者だな。



 笑い声の後、二人の声は不思議な力で消えてしまった――





第十章

初回最終話 終わり


この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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