【聖人聖女編】んもー!! 新子友花はいつも元気なんだからさ……、あたしのことをお前って言うなーー!!!
第79話 あ……あのな……。わ……若い頃の我の思い出だぞっ! 恋といっても若気の恋の話で、大恋愛とかじゃないからな!
第79話 あ……あのな……。わ……若い頃の我の思い出だぞっ! 恋といっても若気の恋の話で、大恋愛とかじゃないからな!
ドンレミ時代――
彼はその日のうちに徴兵されてしまっていて、戦場に行ってしまった。
我は、そのまましばらく教会をぼーっと見上げていて、
もう……彼は来ないんだ。会えないんだと諦めた。
我らは幼馴染の羊飼いの仲だった。
ドンレミは田舎だから、夜には近所の誰ともすれ違うことはまったくない。
だから、彼と夜に教会で会おうという話になったんだ。
彼がその時に、もしも……。
もしも、我と会っていたとすれば……、
彼が我に何を言おうとしたのかは、だいたい予想がついていた。
その言葉を、我は……羊飼いの頃の我は、良いとか嫌とか……そういう気持ちはまったく心の中に抱いていなかった。
お互い子供だった。
我はだから、彼と会うことだけがなんだか楽しみだったのだ。
夜に会うという行為が、なんだか特別に感じていた……。
大人達が甘酸っぱいサクランボを美味しそうに食べているのを見て、自分も勇気を出して口に入れてみようと……そういうませた気持だった。
でも、彼は来なかった――
あの夜からしばらくして、彼が戦場に行って……。我はもう彼は死んだのだろうなと思うことにした。
涙を流してとか、哀しいとか、なんとも思わずに割り切ろうと思った。
戦火に生まれた者は誰も割り切って生きていた。そういう時代だったんだ。
徴兵されるなんて、戦場で死んでいくなんて、当たり前だった。
当たり前すぎた。
そんな当たり前だった時代に、我が大天使からお告げをもらった少し前の話をしよう――
――我は、かつて羊飼いの飼い慣らし方を教えてくれた年配の女性に会いに行った。
その年配の女性は、近所の丘の上に住んでいた。
そして、彼と夜の教会で会えなかったという話をしたんだ。
べつに、悔しいから辛いから……自分のモヤモヤした気持ちを晴らそうと思って話したのではなくて。
羊飼いの扱いをよく知っていて上手だった人だから、お世話になった人だから、なんとなくこういうことがあった……という話をすることで、これから生きていく上での気の持ち方を教えてもらえるのではないかと思ったのだ。
年配の女性は、
「もう、あの子は戦場に行ったんだから……また会えるとか、会いたいとかなんて思うことは止めなさい! 忘れなさいね!」
と、はっきりとそう仰ってな……。
最初は意味が呑み込めなかったんだ。
我に対して、最初は軽い気持ちで自分を戒めてくれたんだと思って聞いていた。
でも、なんか違うような気がした。違和感のような気持ちだ。
また会いたいと思うことが、どうしていけないのか?
なぜ、思ってはいけないのか?
なぜ――
けれどな……。
我も戦場に行くことを覚悟した時に、ふと気がついたんだ。
我――ジャンヌ・ダルクが戦場に行って、そうしたらドンレミの人々は、我のこと思い出して哀しむのかもしれないと。
我が戦場で戦って、負傷するとか、死ぬとか……そんな悲痛な出来事を故郷の人々に、近しかった人々にずっと帰郷するまで思わせてしまうことは、いいことなのかそうでないのかを自問自答してみた。
我は……。
最初は自分が戦場に行くことを皆に教えたかった……。
ドンレミの人々から励まされて戦場に行くことを望んでいたのだけれど、励ます側の気持ちはというと……墓場に送って生き埋めにするかのような、見殺す者をどうして励ますことなんてできるだろうかと、こう気がついたんだ。
そしたら、我は自分が思っていた傲慢な戦場に行くという行動に、罪の意識を感じてしまった。
――年配の羊飼いの女性の言葉は正しかったのだと、我は自覚した。
何も告げずに戦場に行ってしまった彼を、最初は寂しいと「どうして……」と思っていた。無性に怒りが湧いてしまった。
けれど……、
彼からすれば、そのほうがドンレミの人々に気兼ねすることもなく、我にある意味嫌われることで、無心で剣を振ることができて、そして潔く戦場で死んでいけると……。
そう思ったのだろう……。
あの夜、教会をずっと見上げていた我は若すぎた。
まあ、彼は実は我のことなんかなんとも思ってはいなくて……、ちょっとした興味本位で我に会いたかっただけなのかもしれない。
我になんて『恋』――そういう気持ちの芽生えなんてなかったんだ。
そう思い切ろうと、何度も、何度もな……。
聖ジャンヌ・ブレアル学園に我が神として祀られるようになったくらいから……、ようやく気持ちの整理がついてきた。時間がかかってしまったな……。
「こんな……、我の思い出を大美和さくらに教えておこうぞ」
ジャンヌ・ダルクは少し顔を横に向けると、頬を緩めてはにかんだ。
「……」
大美和さくら先生は、ずっと口を閉じて話を聞き入っていた。
すぐ感想を返すこともせず、今も無言である。
「……」
一方のジャンヌ・ダルク、赤裸々に語った思い出を話したので視線を外したままだ。
頬を少し赤らめている。
「ま、まあなぁ~」
お互い無言の緊張感に耐えられなくなったジャンヌ・ダルクは、急に両足を前後にバタバタと動かす。
その速さが尋常じゃないスピードで、一気に加速していく。
「わ……、わ……我の心の中にはその幼い気持ちを我なりに、じ……、じ……自分なりに『秘密』にしていた恋の思い出で……って」
自分で何か言葉が過ぎた?
それとも、何か間違ったことを
否――我の話って、ぶっちゃけ『恋バナ』じゃね?
はいな、そうだった……。
「あ……あのな……。わ……若い頃の我の思い出だぞっ! 恋といっても若気の恋の話で、大恋愛とかじゃないからな!」
ちょっと恥ずかしい自分の過去を勢いに任せて喋ってしまったことに、ジャンヌ・ダルクはハッと我に返ったときにはすでに遅し……。
「……」
いまだに無言の大美和さくら先生――
*
「秘密ですか? 我なりの……ジャンヌさま」
しばらくして、ようやく口を開けた大美和さくら先生が気に掛かったのは『秘密』というキーワードだった。
「ああ……、我の無意識の中にあった引っ掛かりだな……」
「無意識に……ですか」
「つまりな……生徒会長の神殿愛に『黙ってて』と言ってしまった大美和さくらは――」
なんだか居たたまれなくて……。
像の台座の上から、ふわわ~んと浮かんだジャンヌ・ダルクは、静かに長椅子に座る大美和さくら先生のもとへと降臨して行く。
「うん……。お前はこうして近くで見つめても、お前は生徒のときからのお前だな。まあ、当たり前か――」
「ジャンヌさま?」
「それでいい……」
大きく頷くジャンヌ・ダルク。降臨した勢いで大美和さくら先生を両手でギュッと抱きしめた。
「聖人ジャンヌ・ダルクさま?」
抱きしめられている大美和さくら先生――
なんだか今日のジャンヌさまとのやり取りは、いまいち掴み処の無いなって……こんなことを内心思いながら、
神って―― なんだか気まぐれなロマンチストなのかも?
と、国語教師である大美和さくら先生は、ふいにこんな言葉が心に浮かんだのだ。
「我は感謝しているぞ――」
ジャンヌ・ダルクのハグがギュッと先生を包み込む。
「神殿愛に何も言わない選択肢もあっただろう? 何も言わずに優しいラノベ部の顧問として、部員達に接することもできただろう? でも、それをせずにお前は言う道を選択した――」
「それは……そ、そんなのは……私にとって当たり前です。顧問として先生としては当然の行為だと」
国語教師として、顧問として言わない道を選択することは高校教師失格だ。
神様から、あからさまな踏み絵を踏まされる気持ちになった大美和さくら先生は、先生としての自覚を忘れまいと少し慌ててしまった。
ちなみに涙は流れ続けている。止まっていない。
「戦場に行ってしまった彼に、我は今でもたまに言ってほしかったと……後悔するんだぞ」
「後悔ですか……」
「ああ、今でも我の脳裏にいる彼――我の秘密だ」
そして、
「大美和さくらよ―― 我は嬉しいのだ……」
神の目にも涙――
聖人ジャンヌ・ダルクさまの目にも涙が浮かんでくる。
「聖人ジャンヌ・ダルクさま……」
「だから、我のことはジャンヌで……」
――7色に光るステンドグラスに太陽に日が乱反射している。
それがまた、いっそうに教会の中を鮮やかに照らしてくれていて、神々しい空間を演出してくれている。
光に照らし出された聖人ジャンヌ・ダルクさまの像は
神からのお告げ、啓示、アドバイスを視覚化するとこんなにも神秘的な場面になるのだろう。
もしかしたら……
「……」
大美和さくら先生はハグされたまま沈黙していた。
「先生になっても、我に祈り続けてくれているお前を、こうして愛の気持ちを忘れぬままの大美和さくらは美しいぞ――」
「愛? う……美しい? 私が??」
神からの綺麗すぎる単語の数々に、さすがの国語教師も言葉が思い浮かばなかった。
(聖人ジャンヌ・ダルクさまは、決してバイセクシャルではありませんよ……)
「誰もが形式的に我に祈りを捧げてくる中で、それが教義のように思っているんだろうな」
ゆっくりとハグしていた両腕を放しながら、今度は大美和さくら先生の目をしっかりと見つめた。
「大美和さくらは先生になった今でも、我に本気で向かい合ってくれている……。祈ってくれている。その気持ちに感謝しようとぞ思うんだ」
「か……感謝だなんて」
いつも自分が頼って祈っている聖人ジャンヌ・ダルクさまから、そんな言葉が出てくるなんて。
思わず右手をナイナイと左右に振って謙遜した。
「お前は、自分が生徒に言ったことを正しいかったのかとか、間違っていたのかと自問自答している。だからこうして教会に来たのだろう。けれどな……」
そう言ってから、ジャンヌ・ダルクは口を軽く
心の中では、こんなことを話しながら――
けれどな……、
お前の祈りが正しいのかどうかはお前にしか、否――お前自身にもわかってはいないのだろう。
そう考えると、祈る行為自身がはたして正しいのか否かという命題にまでたどり着いてしまう。
こんなこと神として祀られている我が、思うことは御法度かもしれない。
……が、ぶっちゃけ我も神になりたくて火刑に処されたわけじゃないんだぞ。
まあ、大美和さくらは理解してくれているか。
結局な、祈り――信仰というのは自分のためだけの行為でしかない。
それは自分が生きてきた世界、いま生きている世界を肯定したいがための『言い訳』みたいなものだろう。
祈ってから戦場に行って戦ったところで、死ぬ者は死ぬのだから……。
でも、我はそれでいいと思っている。
神に祈ることで、自らの死に意味を見出せるのであれば……。
本当に意味のある死に、その先にある天へと昇天してから最後の審判を受けるときの覚悟……。自負になるのであれば、信仰という行為に価値があると思える。
大美和さくら……。
お前の気持ち、部員に対する厳しい言葉に負い目を感じているのであれば、では、どうしてお前は先生の道を選んだ?
生徒への厳しい
お前は、べつに部員に対して押しつけたわけではない。
自分の思いをパワハラな説教じみた言い方をして、叱咤したわけでもない。
先生としての指導を、そのまま部員に教えただけだ――
それでいいのだと思うぞ。
厄介なのは、パワハラを愛情とか友情とか、親切心とか親心とか思い込んでいる輩だな……。
自らの自尊心についた傷を覆い隠すために、ひたすら弱者を見つけては恩着せがましく、あてつけがましく言葉を発してくる。
『あなたってこうでしょ? なんでそうなの? だからいけないのよ……』
というように。
こういうのを『疑問の攻撃性』という――
無意識が、わからないフリをして相手を責める。
相手を責めているうちは、自分は正しいと言い張れるからだ。
我は反論しよう――
『こんなことすら理解できないのはなんでなのかな?? そういうあなたって本当は、自分の人生は、他人との接し方は
大美和さくら――
お前は素直で優しい先生だぞ。
「けれどな……? あのジャンヌさま?」
「けれどな……」
ナイナイしている大美和さくら先生の右手を、ジャンヌ・ダルクは両手で握った。
「大美和さくら……。お前の無意識には最初から答えがあったはずだ」
「無意識? ……にですか」
「ああ……我の『秘密』の話と関係している。無意識は自分の本心を知っている。無意識は正直であり自分の気持ちそのものだ」
大美和さくら――
お前が言った……神殿愛に言えたことに、
我は戦場に徴兵されて行った彼を重ねる。
我の無意識は『私に嘘をついてほしかった……』だ。
「お前の無意識では、自分が新設したラノベ部を大切にしたいという気持ちがあった。だから、部員のはしゃいだ言葉にイラっとした。それは正しい顧問としての気持ち。でも、それくらいのトラブルはトラブルではないだろう。教会に来て祈ってくれることは構わんが……」
握っている両手を放してから、
「少しだけ『工夫』して、これから生徒と接していけば済む話でしかない――」
指先でクルクルと“のノ字”を書いて回す……。
「工夫ですか?」
「そう、工夫だ! 激高して生徒を火炙りに処したことを悔いているわけではないだろう……。変な例えだが、我の場合は祖国フランスから厄介払いされて、敵国からは見せしめにされた最期だった……それはいいとして、我がアドバイスをしたいのは――」
結局、ジャンヌ・ダルクは言えなかった――
自分には神になってからも、まだ迷いが残っているのだということを。
「新設したラノベ部から、継承していくラノベ部へと思いを変える工夫ぞ!!」
「……」
大美和さくら先生は言葉に出せない。
というより、工夫……あまりにもあっさりとした答えを聞いたものだから鳩が豆鉄砲を食ったのだ。
「……なあ、大美和さくらよ」
ジャンヌ・ダルクはというと、クルクルしている指先に
「ところで、お前と新子友花はよく似ているな。お互い、いまだに青春まっしぐらだな! 我よりも長く生きているお前に、我は羨ましいと思う。生きることは我にとってはとても羨ましいのだぞ!! 我の生涯を知っているお前ならわかっているだろう」
「新子友花さん……と、ですか?」
「大美和さくらと新子友花は、なんだかんだ幸せまっしぐらだぞ!! ……そして、お前のことを心配して迎えに来てくれた――新子友花だぞ」
新しい学園を、新しい人生を、新子友花は本気で願い。
祈ったのだぞ――
*
「……お、大美和さくら先生」
教会の扉には新子友花が心配そうな表情で立っていた。
「……新子友花さん。どうして……ここに?」
声を聞いて、大美和さくら先生が慌てて後ろを振り向いた。
「どうしてって……。……そんなの先生が部室に来ないからですよ」
新子友花の目には大きな涙粒が潤んでいた。
新子友花、大美和さくら先生、聖人ジャンヌ・ダルクさま――みんな涙腺が緩かった。
続く
この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
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