第2話 リンケージ
「ロギガン?」
「ってあの部活のやつですよね?」
なんで知ってるんだよ。飄々としているが、こういうことは抜け目なく聞いている。
「そうです。正しくは同好会ですが。私が顧問をしてまして、お二人には才能がありそうに見えたものですから。いかがですか? いわゆる、勧誘ってやつです」
「僕に才能が? よし、入ります」
決断早すぎるだろ。なにも考えていないのだろうが、俺はこれでもう帰れると思い、ありがたかった。
「先生、良かったですね、勧誘が成功して。じゃあ、俺はこれで」
「お二人ですよ、相合君。いかがですか?」
逃げられなかった。しつこい先生だ。絶対、毎日同じ時間に家を出るタイプだろ。ほとんど確信といっていいくらい、そう感じ取った。
「俺ですか? いやぁ、たぶん才能とかないんで」
「一緒に入ろうよ、相合くん! いつも暇そうだし、いいじゃん!」
音も性格もうるさい。こんなやつだったとは……。出会って間もないのに、いや、だからこそか、「生真面目そうな前席の人間」のヴェールが吹き飛ばされていった。気が合わないのは自明、離れるのが吉だ。やりたいやつが勝手にやってくれ。この時はそう思って、断る口実を探した。
「悩んでますね。この後、ちょうど一試合やるんですが、それを見てから決めませんか?」
逃げられなかった。先手を取られてしまった。というか、これ全部仕組んでたな。用意周到かよ。絶対、毎日時計をちゃんと合わせるタイプだろ。もう、確信していた。
「では、第3運動場で準備して待っています。ホームルームが終わったら来てくださいね。それでは」
言い終えると、目線で出入り口に促された。意外と自己中なんだなと思いつつ、促されるままに教室へ向かった。
「ミツル、だっけ? なんでロギガン?とかいうの知ってるんだよ」
「深井先生が3回目の授業の最後に言ってたよ。相合くん、聞いてなかったの?」
「あの先生、喋りに起伏がないから頭に入ってこないんだよ」
「まぁ、たぶんだれも聞いてないだろうね」
わかってるなら聞くなよ。口には出さなかったものの、顔に出ていたのか、ミツルはニヤついて続けた。
「そうかなと思っただけだよ。人ってそういうの苦手だもんね!」
お前も人だろ。なにが面白いんだ。性格悪いな。覆われていたミツルの本性は、隠しているわけでもないらしく、会話ごとにどんどんめくられていった。
しかし、誰もがあの先生を苦手としているのは事実だった。滔々と語られる倫理の知識は、興味もない俺らには意味不明すぎて、まさに馬の耳に念仏といったような状態だった。時の概念を疑うように時計を見つめる目、ノートを取っているでもなく空を泳ぎ続けるペン、教科書に向かってうなだれる頭。彼らがなにを思っているかは明らかだった。
向こうは向こうで、生徒がなにをしていようが、なにをしていなかろうが関心はなかった。ただ、音には厳しかった。授業中のおしゃべり、落とした筆箱、いびき。少しでも鳴れば、冷淡な口調が突き刺さる。ひとこと刺すだけ、いつもそれだけなのだが、教室の空気は凍りつく。そういう温度感の先生だった。
そんな人の部活に入るとか、学園生活を捨てたようなもんだ。どうにかして断れないだろうか。家の事情、勉強との両立、人間関係――。
「どこ行くの? 教室着いたよ?」
ミツルの声に意識を引き戻された。危うく行き過ぎるところだった。教室に入り、席に着いた。遮られた思考は散り散りになり、続きを考えるのも面倒になった。理由は適当にこじつけよう。そう決め、ホームルームを待つ。そわそわとミツルがこちらを見たりしてきたが、無視した。
試験がどうとか、この後カラオケがどうとか、そういう好き勝手なざわめきが立ち込める教室に、担任がやっと現れた。ざわめきは波が引くように収まってゆき、挨拶の号令が響いた。宿題の提出率、不審者の出現、定期試験の準備。いつも通りの話がいつも通りに展開され、いつも通りに締める。終わりの挨拶もそこそこに、掃除班だけ残され、解散。すべていつも通り。
「じゃあ、行こっか!」
いつも通りじゃないのは、ここだけ。ミツルは嬉しそうに俺の腕を掴んで、そのまま第3運動場へ引っ張っていった。
論争≪ロギ・ガン≫ 川字 @kawaza
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