論争≪ロギ・ガン≫

川字

第1話 論的整合性

「それ、矛盾してるよ」

 これが、みつる じゅんとの出会いだった。振り向きざまのその第一声がどうしようもなくうざったく感じて、無視したんだった。

「聞こえてないのかな? それ矛盾してるって」

「聞こえてるよ。どこが?」

「『絶対なんて絶対ない』って、絶対あるじゃん。相合あいごくんはさ、そういうの気になんないの?」

 ミツルは、初対面からそういうやつだった。いちいち細かいことを気にして、見つけたら嬉しそうに指摘する。自分の感性が絶対だと信じて疑わない。そういう空気を振り撒くやつだった。

「自習は休み時間じゃないですよ。おしゃべりはなしです」

 その時も深井ふかい じん――先生――は落ち着いた様子で、ぴしゃりと一言放つだけだった。だから、すぐに小論文に再び目を落とした。先生が歩み寄ってきていることにも気付かずに。

「二人とも、後で職員室に来てください。話があります」

 最悪かよ。俺は悪くないだろ。そう思って抗議しかけた時にはもう俺達おれらに背を向けて教壇に帰っていて、話は一方通行ということを示していた。

 そこからやる気を失って25分間、ひたすらにミツルを呪っていた。授業終わりの礼まで、ただひたすらに。

「じゃあ、行こっか」

 あっけらかんとしてミツルは言った。まるで食堂にでも行くふうだった。

「お前さぁ……」

 悪態の一つでもついてやろうかと顔を上げると、ミツルはもう教室を出ようとしているところだった。なんだこいつは。そう思いながら、急いで追いかけた。

 職員室は別棟にあった。校庭のよく見える位置を占めており、生徒を常に監視するためのものと噂されていた。

「なにをしていたんですか」

 あくまで冷静に、しかしどことなく柔らかに問を発する。

「倫理の宿題をしていました。自分の信念について語れってやつ」

「それが矛盾していたので指摘しました」

 ぬけぬけと口を挟んで来た。ミツルは、悪びれもしなかった。

「論的整合性は大事ですね。しかし、やるべき場所ってものがあります」

「倫理の自習時間に倫理のことについて考えていました。問題がありましたか?」

 我ながら苦しいと思ったが、もう引き返せない。

「そうですね。一理あると思います。ですが、より適した場所があります」

 先生は一息置いて、続けた。


「ロギ・ガンをご存じですか?」

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